メディアアート領域で活躍し、映像とその外側にある装置や空間を横断的に体験するアニメーション作品を制作する重田佑介さんと、デジタル表現の中にアナログ絵画が持つ身体性や偶発性を取り込み、ピクセルアートの新たな可能性を模索するZennyanさん。今回採択された『劇場屋台』(仮)は、アニメーションの世界と現実の風景を重ねながら、ひとつの物語的世界が結実する屋外型劇場空間をつくる試みです。​​

​​アドバイザー: しりあがり寿(マンガ家/神戸芸術工科大教授)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)

屋台型の投影装置でアニメーションを見せる

重田佑介(以下、重田):今回の企画では、フィルム以前のアニメーションにおける、装置や上映空間と地続きになった映像の可能性を探ることが主題です。上映空間を作品の一部とするには、屋外で夜を舞台としたアニメーションを展開させ、映像装置としては屋台型がよいのではないか、と考えています。
いくつか大事にしたいポイントがありまして、ひとつ目は、装置(屋台)と映像の関係性です。両者をモチーフや物語でどのようにつなげていくか。ただし説明的になりすぎない方法を考えたいと思っています。
ふたつ目は、鑑賞者の解釈を育てるような物語をつくりあげること。あとで鑑賞体験を思い出したときに、記憶が日常と混ざりながらも「本当に体験したのだろうか。あれはこういうことだったのだろうか」といった、そういう体験につながればいいなと思います。
映像の内容は、大きく動くモチーフが全体の物語をつくり、そこにキラキラとした光のようなものがつながっていく、といったものを考えています。光は銀河や樹木、まちになったりとさまざまな変化を遂げていく。大きな要素としては、旅人を出そうかと。旅人の絵を実際の屋台に飾るなど、映像世界と現実世界のつながりをつくる予定です。

和田敏克(以下、和田):映像は魅力的になりそうですが、投影装置である屋台との関連性がわかりづらいかもしれません。

重田:屋台にはプロジェクターが仕込まれていて、屋台の屋根に向けて投影します。屋根の内側には鏡を設置しているため、映像は鏡を反射し、お客さんが手に取った本に投影される、という仕組みです。ふたりで話したときに、空間として出てきたアイデアが屋台でした。屋台であれば、映像世界をパッケージ化できるのではないか、と。

Zennyan:美術館やホワイトキューブのような空間では、プロジェクターで投影しますが、今回はそれごと外に持っていける。小さな自分たちの劇場をつくりたいと思っています。

しりあがり寿(以下、しりあがり):反射した映像は地面にも投影されますよね。わざわざ本を手に取って見る、というのはお客さんからするとスムーズに受け入れられないかも、というのが懸念点ではないでしょうか。

重田:地面が土であるとか、デコボコしていると映像はかなり見えにくいので、本の必然性はある程度出てくると思います。室内でこの手法を使った際は、フットライトを置いて床の映像を消していました。今回の屋外の場合も、そうした配慮をした方がいいですね。

Zennyan:人工芝を敷いて対策したこともあります。

装置・空間(現実)と映像(虚実)をどのようにつなげるか

重田:空間と映像のつながりですが、空間ではラジオから音が流れていて、そのラジオの声を出している人が映像の中にいる、といったつなぎ方を考えています。

Zennyan:物語には旅人が登場する予定ですが、誰かの旅の記憶を語り継ぐ媒体にするのもありかなと考えています。

しりあがり:屋台そのものの意図は「どこへでも行ける」ことなので、内容はニュートラルでもいい気がします。来るたびに違う話をする紙芝居屋みたいだなと思いました。行った場所それぞれで違う物語が上映されるなど、行く場所によってもアレンジできそうですね。

重田:そう考えますと、あまり装置や空間と映像をつなげすぎなくてもいい可能性もありますね。

しりあがり:装置の造形は、図書館が移動してきたような見せ方はいかがでしょう。本を取らせる行為のハードルを下げることにもなるかと。

Zennyan:屋台だと飲食系のニュアンスが強いですが、もうすこし造形も物語に寄せていきたいと思います。

和田:装飾を凝りすぎるとテーマパークのようになってしまうので、お客さんも受動的になるかもしれません。

Zennyan:そのバランスが結構難しいですね。映画や舞台のセットのようには見せたくないです。装置の装飾は世界観を左右するので、重要な要素だと考えています。

全体と部分の世界観のつくり方

和田:手元に映像を照らした場合、ピントは合うのでしょうか。それとも自分で調整してピントを合わせるのでしょうか。

重田:映像の焦点は手元に設定しますが、床に置いても結構見えると思います。これまでのプロジェクトでは、白い本に投影していましたが、別のものに投影することはできないか、とも話しています。たとえば白いうちわのようなものとか、金魚すくいの網とか。ただ毎回ほかの方法を模索しても、本に落ち着いてしまうのです。

和田:投影されるスクリーンのほうにも意味があるのですね。スクリーンもフレキシブルに考えても良いかもしれません。屋台の周りにスクリーンを持って動いている人たちがいると、不思議なことが行われているように見えるでしょう。面白いですね。そのためにも人のいない道でやるなどのシチュエーションが重要かと思います。

Zennyan:どのような映像が流れていていても、違和感はないでしょうか。

和田:この企画は、映像がもやもやしているよりも、手元でくっきりと見える楽しさがある気がします。サンプル映像を見る限り心配はしていないのですが、映像の内容としては、なんとなく宇宙の意味や星の成り立ちなどを感じられるものがたくさんあると面白いかもしれません。

しりあがり:物語全体と部分との関係がやはり重要かと思います。体験しない人も屋台を見ている。そういう人が興味を持てるような要素があるといいですね。

重田:ドットで描いた映像と同じものをアナログで描き、それを屋台に飾って映像の世界と現実の世界のちょうど間にあるものという演出をしたいのですが、どうでしょうか。映像の世界と現実の世界をつなぐもの、ふたつの次元を行き来するような役割になると思うのですが。

しりあがり:もうすこしはっきりしたほうがわかるかな。例えば、体験者が見ているものが「部分」だとすると、世界地図のように「全体」を表すものが1枚あると「自分が見ているのは地図の中ではここで、あちらへ行くとこういうのが見えるだろう」と想像ができます。

和田:映像で見えているものが絵で展示されていると、完結してしまうような気がしますよね。少しテーマパークに近くなってしまいます。

重田:アニメーションのインスタレーションで参考になりそうな作品があれば教えていただきたいです。

和田:僕は谷口六郎の絵を思い浮かべました。あまり前例がないかもしれませんね。

しりあがり:屋台が放浪して、いろんなところに現れては、よくわかんないことやっていますと語られるような、謎の映像屋台の存在である方が素敵な感じがします。

重田:即興的にやるような、つくり込み過ぎない方がいいですかね。

和田:投影する世界に合わせた装飾や、物語に出てくる屋台のような存在によりすぎるよりも、紙芝居屋さんみたいに、劇場感があったほうがいいと思います。ここから何が出てくるかわからない、見世物小屋のような感じとか。

重田:つくった僕たちやパフォーマーがこの屋台に立つかどうかも考えています。パフォーマンスをするのか、無人の方がいいのか、などです。

しりあがり:僕は誰もいなくてぽつんとしている方がいいと思います。リアルな屋台というよりは、例えば真っ黒な屋台だとか、夢の中にあるような存在にする。現実にある屋台じゃなくてもいいかなと。

和田:3月の成果発表ではどういう形に仕上げる予定ですか。

重田:成果発表では完成している状態にしたいと思います。もしかしたら映像が仕上がっていないかもしれませんが、屋台は完成させたいなと。現物を持ってこられるかは検討中です。

—次回の中間面談に向けて、装置のデザインと物語の方向性を進めていく予定です。