「搬入プロジェクト」の山口での実施を目指す会(代表:渡邉朋也)による企画『「搬入プロジェクト」を山口で実施する』は、2019年にその著作権が放棄されパブリックドメイン化した、危口統之主宰の劇団「悪魔のしるし」の代表的な作品『搬入プロジェクト』(注1)の再演を目指し、パブリックドメインと芸術の関係を調査するとともに、再演をアシストするために必要なソフトウェアやマニュアルの開発などを行います。

​​アドバイザー: 磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/久保田晃弘(アーティスト/多摩美術大学教授)

(注1)悪魔のしるし『搬入プロジェクト』のオープン化に関するインタビュー ―作品の著作権を放棄し、「誰でも勝手にやっていいもの」にしていく

作家不在の作品をオープンソース化する

ー初回面談は、山口県在住の渡邉朋也さんとビデオチャットを用いて行われました。

渡邉朋也(以下、渡邉):今回の創作支援を受けて実施することとしては、この4項目を挙げています。
資料調査/聞き取り調査,物体設計支援ソフトウェアの開発,搬入支援ソフトウェアの開発,マニュアルの拡充。
『搬入プロジェクト』では、搬入先となる建物に、入らなさそうで入るギリギリの大きさ、形状の物体を設計/制作し、それを搬入します。物体設計支援ソフトウェアというのは、搬入する物体の設計を簡便にするためのソフトウェアのことです。先ほど挙げた4項目では、とくにこのソフトウェアの開発を重視したいと考えています。現状では手始めにモックアップ(試作)として、我々が搬入を目指す磯崎新設計の山口情報芸術センター[YCAM]に搬入可能な物体をアトランダムに生成するソフトを開発しました。今回のコラボレーターで建築家/美術家の砂山太一さんによるものです。これは「Rhinoceros(ライノセラス)」と呼ばれる3次元モデリングツールのプラグイン「Grasshopper(グラスホッパー)」を用いて開発しています。
物体が建物に入らなさそうで入る、というのは普通には入らないということですよね。だから普通ではない向きに物体の姿勢を制御しながら、搬入していくことになります。その過程で不可抗力的に生まれる不安定な姿勢を目の当たりにすると、見る人は緊張してしまうし、困難を乗り越えると、やはり見る人は熱狂してしまいます。そうしたところにこの作品の演劇たる所以があるのだと思います。しかしパブリックドメイン化しているとはいえ、この作品の背景には「悪魔のしるし」の暗黙知がふんだんに投入されており、それが鍵を握っているように感じています。たとえば「悪魔のしるし」の主宰者の危口統之氏は、学生時代に建築設計を学んでおり、また同じく「悪魔のしるし」のメンバーで、『搬入プロジェクト』において中心的な役割を果たしていた石川卓磨氏は建築家として活動しています。そうしたバックグラウンドで蓄積された技術や経験などが、不思議な方向に活かされているように思います。物体設計支援ソフトウェアの開発ではこの辺りを作品の魅力を損なわない程度に記述し、自分のように素養がない人間でもある程度設計できるような道具としてソフトウェアを実現したいと思っています。この作品のためのCAD(Computer Aided Design)を字義通り実現するということです。
本日お伺いしたかったこととして、『搬入プロジェクト』のような複合的な作品のパブリックドメイン化の事例はほかにもあるのでしょうか。たとえば演劇作品であれば戯曲がパブリックドメイン化している事例もありますし、映像や写真も事例がありますよね。

久保田晃弘(以下、久保田):今なお多くの人が研究している、荒川修作+マドリン・ギンズの作品ですが、『養老天命反転住宅』などに代表される、荒川+ギンズの宿命反転のコンセプトを日常生活の中で実現するために最も障害になるのが、彼らの「作家性」だという議論があります。
例えば、作品ではなく、DIYテクノロジーによって、個人が建築を改変、成長させていけるキットにするべきだとか、それを商品化して多くの人の手に渡るようにするべきだとか、そうした議論がありながらも、なかなか進まない。それは、彼らの作家性を利用したがっている人がいるからです。荒川自身は常に、文化ではなく、文明をつくるべきだと言っていました。文明こそ著作権のない世界だからです。

渡邉:そういえば、荒川+ギンズは、生前から哲学者や分子生物学者など様々な領域の研究者との交流を重ね、自作や自らの方法論を多角的に文脈化・言語化していましたよね。そうした作業の先には、著作権の放棄に繋がるかどうかは別として、普遍化というビジョンが浮かび上がるように思います。またかつて磯崎新は荒川との対談で、荒川の建築を「幾何学」という言葉で表現して、荒川から反発を喰らっていましたが、たしかに磯崎の言う通り荒川作品は一見すると単純な形状の連続ではあると思います。なので荒川+ギンズの方法論さえ適切に抽出できれば、素人目には少なくとも荒川ジェネレーター的なソフトウェアの開発はできそうな気もしますね。
とはいえ作家や作品単位で、荒川+ギンズが言うところの「天命反転」や「死なない」というパワーワードを実現するのに、オープン化が適切なのかはケースバイケースだとは思いますし、故人の作品を運用していく上で、久保田さんがおっしゃられた力学を無視することはできないので、この点は非常に興味深いです。

磯部洋子(以下、磯部):オープンソースの機能性や特徴には、その先にバリエーションができて、つくり手同士もつながっていく、そういう派生効果がありますよね。

渡邉:バリエーションの話でいうと、実はつい最近(10月3日)、北海道札幌市の札幌文化芸術交流センター SCARTSで『搬入プロジェクト』をベースにした「Collective P-まちとプラザをつなぐ搬入プロジェクト-」というイベントが開催されました。自分は現地で見ることができなかったので、SNSを通じて得た情報のみで語ることになりますが、『搬入プロジェクト』の翻案と言っても、かなりの改変がなされている印象でした。たとえば物体はバラバラの状態で参加者一人ひとりが運び込んで、そのあと搬入先で組み立てをする。これは元の搬入プロジェクトとは大きく異なる要素です。このようにしてバリエーションが増えていくと、先ほどの久保田さんの話で言うと、作家性や作品性をテコに反発が起きることもあるでしょう。しかし、両者の差異に目をやることで、従来の『搬入プロジェクト』の本質的な部分が再発見される可能性もあると思います。
自分は近年、三上晴子が2010年代に発表した『欲望のコード』(2010年)と『Eye-Tracking Informatics』(2011年)というふたつの作品の修復/再制作に携わっています。このうちの『欲望のコード』の来歴を見ると、発表して最初のある時期に、ある事情から作品の3つあるパートを分割して展示しているのですが、その展示形態が三上にとって満足のいくものではなかったようで、以降は必ず3つのパートがセットになった状態でなければ展示は行わないというということになりました。作品の運用の幅を広げることは、多くの展示の機会をもたらす可能性がある一方で、本質的な何かをスポイルしてしまう危険性もある。しかし、実効的な禁則事項を設けるためには、試行錯誤を繰り返し実際に失敗するくらいの勢いが必要なのかもしれません。『搬入プロジェクト』の場合、既にパブリックドメイン化を宣言しており、劇団の手を離れているので、改変に伴うこうした心配はもはや杞憂であるとも言えるのですが、できれば作品の本質的な魅力、いわば外形を素描し、なるだけ維持したうえで、誰でも実施できる状況をつくれないかと考えています。

久保田:プロトタイピングの文化なども、その身近な例ですね。ある作品にとって、その肝(本質)がどこなのかがわかれば、それ以外の部分の運用の幅は広く設定できるけれど、もしそこがわからないと、とにかく全部残さなければ、という硬い世界になってしまう。肝を見出すための試行錯誤はすごく大事だと思います。

プロジェクトが持つ演劇性をどう生かすか

渡邉:「悪魔のしるし」は劇団で、プロジェクトのベースには演劇がある、というのも重要なポイントだと思っています。シェイクスピアの作品を僕らが未だに見ることができるのは、作品が脚本などの形で残され、再演され続けているからです。もともとパブリックドメイン化した創作物との親和性が高いジャンルなのです。一方で、演劇をはじめとするパフォーミングアーツの世界では、そこまでメディアテクノロジーが普及していないこともあり、うまく結び付けることで大きなブレイクスルーが得られそうな気もしています。

磯部:祝祭性というワードがありましたが、地域のお祭りも、法被を着たり、お殿様の役をやったりと、結構演劇性がありますよね。

渡邉:ウェブ上で公開されている『搬入プロジェクト』の紹介映像は「伝統も由来も神様もいない。それでもお祭りは作ることができる。できてしまう」というステートメントから始まるのですが、今日のこの社会の状況を考えると、非常に示唆に富んだ指摘です。それは裏返すと、法被だろうが、殿様だろうが、どのような文化コードでも着脱可能なのりしろをこのプロジェクトが持っていると言えるのではないかと思います。

久保田:最近色々なところで議論になるのが、作品における「エージェンシー」と「パフォーマティビティ」です。作品がどうやってエージェンシーを獲得できるのか、作品そのものが持つパフォーマティビティは一体どこに存在しているのか。演劇であるがゆえに、そういったことを考えていきやすいのではないでしょうか。かつて、インタラクティブなメディアインスタレーションが生まれたとき、それは始まりと終わりがオープンな(自由に選択できる)パフォーマンスだといわれました。今回のプロジェクトでも、演劇とメディアインスタレーションのようなものがつながり、ノウハウをお互いの領域に応用し合うことができれば、非常に重要なプロジェクトになると思っています。

パブリックドメイン化された作品はいかにしてアーカイブ可能か

磯部:ソフトウェアは、ゆくゆくはYCAM以外のハコに対しても物体を自動生成できるようにしていくのでしょうか。

渡邉:はい。基本的にはどのような公共文化施設も立面図と平面図を持っているはずなので、図面から物体の形状を生成できるようにするのが良いのではないかと思っています。また物体を構成する素材についても、過去の事例では竹を使ったものもありましたし、ビールケースを用いたものもありました。なので限定はせずに、その地域や環境で調達しやすい素材を使ってつくれるようにしたいと思っています。先ほども申し上げた通り、作品の本質的な部分を損なわない程度に、できるだけ実施しやすいようにして、色々な場所で開催される道筋をつけていきたいと思います。色々なところで開催されればされるほど差異が出てきて、その差異から作品の本質、つまり作品の自律性を担保する構成要素みたいなものの、要素ごとの対応関係がはっきりしてくるのではないかと思います。そういうサイクルから「保存」とはまた別の、芸術作品の長期的な運用の新しいビジョンを描きたいです。

磯部:つくりやすい環境をつくる、というひとつのゴールが明確にあるのであれば、何事例かは実際に再演されてほしいですね。

渡邉:そうですね。そもそも自分がまだ『搬入プロジェクト』で、物体を設計したり、制作したり、搬入したりしたことがないので、まずはこれをいち早く実践したいですね。そこから、第三者が再演するために必要な具体的なインターフェイスを整えていきたいです。

久保田:もちろん、今回開発するソフトウェアを使って、色々なところで再演されてほしいですが、このプロジェクトを見て、自分の作品もオープン化してみようと思う人が増えることも、大事な成果だと思います。

渡邉:次回の面談までに、実際に『搬入プロジェクト』の実施に参加できる機会がありそうなので、それに参加したいと思います。今日はいろいろとお話ししましたが、現状、自分の意見はあくまで外側から見た印象や、搬入プロジェクトをまとめた書籍(「CARRY-IN-PROJECT 2008-2013 DOCUMENT」)による部分が大きいので、実際に体験することで、作品の本質について考える機会をつくりたいと思います。そして、そうした経験をもとにソフトウェアの開発を砂山さんと進めていきます。

久保田:「バーチャル搬入プロジェクト」と称して、HMD(ヘッドマウント・ディスプレイ)を使って皆で見るのはどうでしょうか。

渡邉:実は先日、「悪魔のしるし」のメンバーとお話しした際にも、似たような話は出てきました。いまのVR技術は精緻ですからね。「第三インターナショナル記念塔」みたいな実在しない施設や、法隆寺のような実在はするけど貴重すぎて手出しができない施設に仮想的に搬入するということが不可能ではない。そして、皆が思い思いの場所から遠隔で参加することができる、と。今回はそこまで目指すことは難しいですが、そうした射程はおもしろいと思いますし、そうなったときにどのような違和感を感じるかに作品理解の鍵があるように思います。

久保田:新しい分散型演劇ですね。プレゼン資料にもありましたが、YCAMに蓄積されている「メディアアート作品修復のノウハウ」を他領域に応用することはぜひ継続的に取り組んでほしいテーマです。そして、作品のオープンソース化は社会に何を引き起こすのか。パブリックドメイン化された作品はいかにしてアーカイブ可能なのか、共同体の中で再演可能なのか。『搬入プロジェクト』は、そういった議論を大きく前進させる、とても重要な事例になると期待しています。

─次回の中間面談では、より具現化されたプランが報告される予定です。