テクニカルな視点からミニマムな要素を用い、その特性を際立たせて複雑な現象をつくり上げてきた古舘健さんは、文化庁メディア芸術祭では『Pulses/Grains/Phase/Moiré』で第22回アート部門大賞を受賞しています。今回の企画は、京都・西陣織の老舗「細尾」とのコラボレーションによるR&Dプロジェクトです。コンピュータープログラムを用い、布を構成する最小単位から再構築することで、新たな組織構造の布をつくり出します。

アドバイザー: 久保田晃弘(アーティスト/多摩美術大学教授)/
戸村朝子(ソニー株式会社 コーポレートテクノロジー戦略部門 テクノロジーアライアンス部 コンテンツ開発課 統括課長)

新たな設計手法が生んだ布

古舘健(以下、古舘):2017年に山口情報芸術センター[YCAM]の「布のデミウルゴス」展で展示した布をサンプルとして持ってきました。独自開発したソフトウェアを使って、ジェネレーティブ/アルゴリズミックに全体の「組織」(経糸と緯糸の組み合わせのパターン)を構成しました。「コード」という視点から布の構造を再構築したものになっています。

―布のデモンストレーションを行いながら話が進みました。

戸村朝子(以下、戸村):何よりこのプロジェクトに強さを与えているのが、成果物である布自体が美しいということですね。

久保田晃弘(以下、久保田):伝統的な織物の形で展示することで、逆にインパクトが生まれそうですね。今回の取り組みは、このプロジェクトをひとりでも多くの人に知ってもらうことが、大きな目的になりそうです。ちなみにこの布をつくるためのコードは、どういうアルゴリズムを書いたのでしょうか?

古舘:直線や同心円を基準にしました。少しずつ角度を変えて、立体的に重ねています。直線が重なり合うところが塊になっています。ちょっとしたミスからくる破綻が、かえって効果的に働いた部分もあります。

久保田:微妙に変曲点があるので、そこに興味を持ちました。

古舘:同心円を並べた部分ではモアレが生まれて、僕がライヴパフォーマンスでやっていることともリンクした気がします。また、グラデーションを美しく表現できることに気づきました。光沢のある糸からマットな糸へゆっくり変わっていくようなものです。これは従来の織物ではできないようです。

久保田:伝統的な織物屋さんは、この布を見てどう感じるのでしょうか?

古舘:目で見ても繰り返しのパターンが見出せないところに、興味を持ってもらえると思います。この布をまねて再現しようとしても、「組織」の数が多すぎて、手作業ではまずつくれません。一部分だけをつくることはできても、全体は難しいと思います。

久保田:少しずつパラメータを変えながらつくっているので、反復がないといえばないですね。全体がひとつのパターンであるともいえます。

古舘:織物の歴史をひもとくと、古くは「ドビー織機」を使っていたので、反復を基本に、制限がある中でいかにおもしろいパターンをつくれるかというところにクリエイティビティがありました。今回のテーマである「準結晶」は、ミクロで見たときの「組織」がありながら、マクロで見たときには繰り返しのパターンがないけれど秩序があるというものです。この布も、それに似たものになっています。ミクロで見ると平織や綾織の繰り返しがあるものの、マクロに見たときに繰り返しのパターンがありません。

久保田:織物のデザインが、最初の織機(機械)からの影響を引きずっていること自体、興味深いことですね。それを意図的に解体することで、例えばスケールをミクロからマクロに連続的に変換することや、プログラミングのパラダイムを直接反映することもできそうです。

戸村:逆に、この布はコードを可視化するものでもあるかもしれません。遠い未来にこの布がタイムカプセルから発掘されたとしたら、未来人がコードを解読できるかもしれません。(笑)

実作に向けてのスケジュール

古舘:前回の面談後、あらためて株式会社細尾の細尾真孝氏と打ち合わせをしました。細尾のギャラリーでの展示は2020年の春頃と考えていたのですが、ギャラリーのスケジュールと照らし合わせたところ、秋か冬になりそうです。さらに、タイと香港で展示する可能性も出てきました。
また、協働メンバーである数学者の巴山竜来(はやま・たつき)氏ともお会いして話を進めました。彼も準結晶的な織パターンのリサーチをしたことがあるそうです。中でも、ラルフ・グリスウォールド(1934〜2006)というコンピューターサイエンティストが晩年に行っていた、織に関する研究が興味深かったです。彼は、数学的な操作による織の研究を行いました。その資料には既に準結晶的なものもありました。ミクロで見るとひとつひとつユニットが目視できるのですが、マクロで見たときに、秩序がありつつパターンが無いように見えます。周期のずれたパターンが展開していくので、単純な繰り返しにはなりません。他にも、綾織でフィボナッチ指数を使ったものなどもありました。そのまま織ってみるのもおもしろそうです。ラルフ・グリスウォールドの論文はウェブ上でも読めるので、ヒントが得られそうです。巴山さんとも、今回のプロジェクトで論文をまとめようと話しています。

戸村:論文は記録にも残るので賛成です。今回のプロジェクトは経済的価値もあると思うので、ぜひ知財の保全をしてもらいたいです。

古舘:権利関係は細尾にも相談しながら対策していきたいです。その他、初回面談で教えていただいたライブコーディングのアレックス・マクリーンにも連絡を取りました。具体的には進んでいませんが、これから情報交換できればと思います。
今後の予定としては、12月に京都の工房で協働メンバーを交えた勉強会と試作を行う予定です。サンプルになるような基本的な織り方と、「準結晶織り」にチャレンジします。1月か2月にまとまった制作期間をとる予定なので、その下準備ができたらいいなと思っています。

久保田:そこまでいったら、一度やってきたことを整理してドキュメントにまとめるのがいいと思います。メンバーの試作とそれぞれのアルゴリズムが並ぶだけでも、とても大きなインパクトがありそうです。
今回の知見をうまく抽象化して、織機用のプログラミング言語をつくってみるのもおもしろそうですね。それがテキスタイルや織物の人を巻き込むことができれば、さらなる広がりも期待できます。

古舘:プログラミング言語をつくることも検討中なのですが、織機それぞれに個性があるので、どこまで汎用性を持たせれば皆が使えるようなものになるかが不明です。ただ、もしかしたらそここそアレックス・マクリーンと話ができる部分かもしれません。彼は、DIYで織機をつくる活動をベースに、それを走らせるためのソフトウェアなどもつくっているようです。どういうものが必要で、どうバリエーションをつくるべきかは、まさに彼が取り組んでいることのような気がします。

久保田:そうですね。アレックス・マクリーンとは思想的にも重なる部分があると思います。

ファッション、そしてアートへの展望

戸村:海外での展示に関連して、例えばパリでの発表も視野に入れていいのではないでしょうか。今回制作する布には、服飾界の人たちが驚くような美しさや魅力があると思います。服にするなどの展開の話も出てくると思います。
また、今回は布自体が作品なので、キャンバスに張って展示する方法もありますが、鑑賞者が手で触ることができれば、さらにいいのではないでしょうか。希少性が高いので難しいかもしれませんが。

古舘:確かに、触れることも大切だと思います。触るための布をつくることでそれが可能になりそうです。ひとつのデータから複数の布を織ることができます。

戸村:将来的には、服飾だけではなく現代美術の分野でチャレンジできる強さのあるプロジェクトだと思います。メディアアートをも超えた方向性も積極的に考えていただきたいです。

古舘:布そのものがファインアートとして理解される土壌をつくることも目標のひとつなので、そのためにやれることをいろいろと実行していきます。西陣織でやっていることから与えるインパクトは大きいと思います。

久保田:既成概念は、織物に限らずどんな分野にも染みついています。既成概念とは異なる観点からの再構築についての、典型的な事例となるプロジェクトになると思います。コンピュータが生まれる前にピアノの鍵盤をインターフェイスと呼ぶ人はいなかったように、今回のチャレンジによって、過去の織物の見方がどう変わるかも興味深いです。

―最終面談までに、コラボレーターとの勉強会や試作などを進める予定です。