テクニカルな視点からミニマムな要素を用い、その特性を際立たせて複雑な現象をつくり上げてきた古舘健さんは、文化庁メディア芸術祭では『Pulses/Grains/Phase/Moiré』で第22回アート部門大賞を受賞しています。今回の企画は、京都・西陣織の老舗「細尾」とのコラボレーションによるR&Dプロジェクトです。コンピュータープログラムを用い、布を構成する最小単位から再構築することで、新たな組織構造の布をつくり出します。

アドバイザー:久保田晃弘(アーティスト/多摩美術大学教授)/戸村朝子(ソニー株式会社 コーポレートテクノロジー戦略部門 テクノロジーアライアンス部 コンテンツ開発課 統括課長)

コンピュータ科学を布のデザインに

―初回面談は、フィリピン滞在中の古舘さんとビデオチャットを用いて行われました。

古舘健(以下、古舘):本プロジェクトはこれまでも継続して行ってきました。今回の企画の主な目標は、商品化できるまでの品質に上げることと、他のアーティストと協働してバリエーションをつくることです。織物についての先進的な研究もリサーチしていきます。現在、協働予定のアーティストや研究者に連絡をとりながら、具体的な制作スケジュールの調整を行っているところです。また最終発表の形態も検討中です。視察とプロジェクトのプレゼンテーションを行う場所は、企画書で挙げたように、Google Arts & Culture Lab(パリ)とUnstable Design Lab, ATLAS Institute(アメリカ)が候補ですが、他の場所も探っている状況です。

久保田晃弘(以下、久保田):以前の山口情報芸術センター[YCAM]での展示も拝見しているので、これからの展開に期待しています。私の勤めている大学のテキスタイルの先生と、「美しい」や「完成している」といった感覚的なことばをどう具体化していくのかを議論したことがありますが、コンピュータを使ってコード化、アルゴリズム化することで、そうした根源的な問いに新たな知見が得られることを期待しています。また、プロダクトレベルまで展開していくことにも興味があります。プロダクトになって初めてわかることも多いと思うので、そこを細尾さんをはじめとする協働メンバーと議論していただければ、と思います。
ジャカード織機はコンピュータの元祖ともいわれていますが、「パンチカード」(厚手の紙に穴を開けて、その位置や有無から情報を記録する記録媒体)のような古いパラダイムに基づいています。それに対して、今日の関数型プログラミングのようなパラダイムで布を見ると、全く違う見方ができるかもしれません。コンピュータ科学から布のデザインにフィードバックする、新たな方法があるはずです。それはコーディングの仕方とも密接に関係してくると思いますが、普通にビットマップとして扱うだけではなく、別のパターンの抽象化を、コーディングそのものや、ライブラリのつくり方で、表現できると思います。

古舘:協働予定のアーティストである平川紀道さんとの間でも、設計図や構造がそのまま成果物の布として表現される点がおもしろいと話しています。

久保田:線形代数のような数学的な操作や、プログラミングのパラダイムが相互に行き交うようになると、伝統的なテキスタイルデザイナーが、今まで想像したことのないようなプロセスが生まれると思います。つくったものが新たな共通言語となって、異なる分野の人たち同士が語れるようになるかもしれません。力強い協働メンバーが揃っているので、10年スパンで進めていけるような奥行きのあるプロジェクトになりそうです。

アートとして成り立たせるために

戸村朝子(以下、戸村):今回、織(おり)の原理を数学的に解体していくことになると思います。その上で、多次元なものをどうやって平面に織り込ませるかということが、できうるのだろうと思います。今「準結晶」(結晶でもアモルファスでもない固体の第3の形態で、原子が特殊な規則で配列した物質)というキーワードが挙げられていますが、「多次元」もぜひキーワードとして考えていただければと思います。また、布そのものをファインアートとして捉えようとする視点には、大変興味深いです。

古舘:このプロジェクトを始めてから、継続して発表の場を模索しています。日本ではなかなかテキスタイルアートに特化した発表の場がない上、作品そのものも機械織りではなく手織りによるものが主流です。そういう部分で、美術というよりも工芸的な視点で評価されることも多いです。そのため、このプロジェクトで作られるようなテキスタイルが、アートとして評価されるにはどうしたらいいかを考えたいと思いました。それにあたって先進事例を調査する予定です。メディアアートの現場では、「布とテクノロジー」というと、機能にフォーカスされることが多いです。このプロジェクトでは、そのようなデザイン、機能的な視点ではなく、布それ自体を成り立たせている「組織」に着目しています。すぐれたデザインのように必要とされる機能と美を両立させているような事例もあるので「機能性」ということもバリエーションとして検討しても良いのかもしませんが、、、

久保田:ひとつ言えるのは、機能と美を両立させようとは考えないことです。有用性や機能を語ることなく、とにかく「美しい」「おもしろい」といえるような強さが、布に憑依するとすばらしいですね。応用数学と純粋数学で例えれば、純粋数学のような方向性を追求していくべきでしょう。

古舘:そうおしゃっていただけて、非常に勇気づけられます。ありがとうございます。僕個人としては、デザイン的な視点で何かを作っていくことは正直なところ苦手です。ある種、基礎研究的にどう使えばいいのかわからないようなものを進んで作っていきたいと思っています。布をつくった後、服にするというようなことも現時点ではまだ想定していないので、純粋に布として見たときのインパクトを大切にしたいです。

久保田:そうですね。もちろん、次の展開への誘発の仕方もポイントだと思います。「これで何かつくってみたい」という衝動で、他の分野のポテンシャルを引き出せる可能性も感じます。既存のものの延長線上にある美しさではなく、「こんなもの今までみたことがない」というものこそを追求してほしいです。伝統的な業界は、どうしても「見えない慣習」に縛られがちなので、ぜひ新しい視点を持っている、ニューカマーの強みを生かしてください。

戸村:織ってそもそも数学的構造だよね、とあらためて振り返ってもらえるようなプロジェクトになるのではないでしょうか。最終的なプレゼンテーションでは、取り組んだプロセスと変化の記録も含めて提示できると望ましいと思います。

リサーチをもとに、テーマを追求する

久保田:インターネット内のアーカイブには、18世紀の中頃からの、ジャカードが生まれる前の歴史も残っていて、試行錯誤と今に残らない実験的な取り組みを見ることができます。今では廃れてしまった考え方こそが、参考になるかもしれません。どんなメディアでも、その初期の実験にこそ、独自の可能性が垣間見れて興味深い。未来は過去の中にあるのだと思います。その他にも、ライブコーディングのキーパーソンであるアレックス・マクリーンのメインテーマは「パターン」です。彼は「アルゴレイブ」というイベントも開催していて、昨年来日した際も「組紐」に強く関心を示していました。そうした、アルゴリズムや機械、モノを交錯させようとしているコミュニティとも積極的につながってほしいと思います。

多摩美のテキスタイルの学科には、大きく織と染めのテーマがあるのですが、そこにデジタルプリントがどんどん入ってきています。デジタルの織とデジタルのプリントが融合したら、テキスタイルの統合理論ができるかもしれませんね。

戸村:商品化にあたっては、著作権などの権利も関わってくると思うので、その点は注意していきたいところですね。他の専門家などにアドバイスをもらえると良いかもしれません。

古舘:西陣の中では著作権が曖昧になっていて、特徴のある織り方をすると他がそれを自分の織物に取り入れていく、といったこともあるようです。完成物が著作物になるというイメージで、組織自体にはあまり著作権という意識が強くないのかもしれません。ただ、細尾の職人さんがおっしゃるには、このプロジェクトでこれまで制作してきたような布は、その基本となる「完全組織」という概念がないので、他では作ることはできないだろう、とのことでした。そこに組織は見えているのですが、その構造が見えてこない。そこがすごくおもしろい、と言っていただいています。著作権に加え、そもそも、細尾ともどのような契約を結ぶべきなのかを考えていくことも、ミッションだと考えています。

久保田:ともかくも、準結晶に着目したのは良い着眼点だと思いました。テキスタイルの分野では、基本的には繰り返しのパターンが前提になっていますが、準結晶をモチーフにすることで、2次元の反復を超える、より高次で抽象的な数学的構造が見出せるのではないでしょうか。

古舘:細尾でつくられている布に対して、その精緻さから結晶を思わせる、という印象はこのプロジェクトを始めた当初からありました。準結晶という概念について知ったのは比較的最近です。その結晶と準結晶との関係が、これまでの細尾で作られてきた織物とこのプロジェクトで作っていこうとしている織物との関係と、絶妙に一致していると感じました。引き続き、準結晶そのものについてのリサーチも、協働メンバーの巴山竜来(はやま・たつき)さんにも助言をいただきつつ進めていきたいと思います。

―中間面談に向けて、協働するアーティストやプログラマーと連絡をとりあい、リサーチを行う予定です。