「世界を読み解くための装置」として作品制作をする山田哲平さん。鼓動を10個のスピーカーと糸で可視化した『Apart and/or Together』は、第22回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品をはじめ、国内外で受賞しています。本企画では、「多様性と普遍性」をテーマとした新たなインタラクティブ・サウンドインスタレーションを制作します。

アドバイザー:タナカカツキ(マンガ家/京都精華大学デザイン学部客員教授)/土佐尚子(芸術家/京都大学大学院総合生存学館アートイノベーション産学共同講座教授)

普遍性と多様性をもった根源的なもの

山田哲平(以下、山田):今回制作する作品は、10人の異なる心音を可視化した『Apart and/or Together』と、自身の心音を体感できる『Inside out』のふたつを原型としています。糸を垂らしたスピーカーが並ぶ二重の円形の内側に鑑賞者が入り、自分の鼓動と他者の鼓動を体感できる装置です。聴診器で受信した鑑賞者の鼓動を、内側の円にアウトプットすると同時にクラウドに保存し、過去の鑑賞者の鼓動をクラウドから外側の円にアウトプットする構造です。内側の糸は真っ赤で、外側の糸はカラフルにします。

土佐尚子(以下、土佐):スピーカーの振動によって糸が動くのですね。心臓の鼓動によって動きの質も変わってくるのですか。
 
山田:人によって心音のリズム、スピードや強さはまったく違います。遠くに離れるとそれぞれのスピーカーで流れている心臓の音もひとつの音のように聞こえますが、近くに行くと個別の音が聞こえてくる。さらに糸に触れると、振動が鑑賞者に伝わります。
 
土佐:その動きの違いこそが、山田さんの作品にとっては大事なことなのですね。
 
山田:心臓の動きといいますか、誰もが心臓を動かして生きていることは同じですが、そのリズムや脈動はそれぞれ違う。そうした普遍性と多様性を、心臓という根源的なもので表現したいです。
 
タナカカツキ(以下、タナカ):自分の心臓の鼓動が形となって表れる。そうした機会はあまりないですよね。遠くからみるとバラバラだけれど、リズムが合うこともある。色によって動きが違うようにみえますが。
 
山田:多様性を視覚的に表すために、スピーカーによって糸の色を変えています。今回の作品で心音をクラウドからインプット/アウトプットすることにしたのは、現代はかなりの時間を二次元で過ごしている人が多いため。現実と仮想の世界にフィジカル性を保持させて、両極をもった現代社会を表現できればと考えました。この作品は、自分と他者を同時に体感できるまれな装置で、人との接触が難しくなった時代に、装置を媒介して他者に触れる。しかも触れづらいところに深く触れる機会を創出できるのではないかと思います。

無線型のデジタル聴診器

理想的な方法論

山田:心音を受信する聴診器は、株式会社シェアメディカルに提供していただいた無線型のものです。心音をデジタル変換して、Bluetooth通信でデータを送信します。
 
タナカ:医療現場で使っている人は、まだあまりいらっしゃらない医療機器なんですか。
 
山田:まだそんなにいないですね。ただ、今はコロナ禍で、医者が直接患者と対面するにはリスクが伴いますが、これならば別室にセッティングして遠隔で診療ができます。これからはデフォルトになっていく可能性のある医療機器です。
 
土佐:インスタレーション内に同時に複数人が入ったらどうなりますか?その方が「あなたと私は一緒」というメッセージが伝わるかもしれません。ひとりでアノニマス(不特定の他者)の心音を聞くのは、自分の心音を聞くのとあまり違いがない気がします。
 
山田:まずは一番シンプルなところから始めていきたいと思っています。この作品を考えたときは、自分と他者・外側という対応関係をつくりたかったので、聴診器はひとつの方がコンセプトに合うと考えていました。まずプログラムを組んでひとつのものができたら、数を増やすといった展開は容易にできます。今回は初めてクラウドを使用しますが、その結果、ふたつの方がいいとなるかもしれません。
展示場所についても意見をお聞きしたいです。今までは美術館で展示してきましたが、より公共性のあるところの方がいいでしょうか。
 
タナカ:展示以外だとどのような展開があるのでしょう。例えば記録映像など、ほかに体感できる方法はありますか。
 
山田:データ上にある心音を映像で可視化することはできます。この作品はクラウドなしでも完結できるのですが、クラウドに接続すれば、遠距離でも複数会場でも展開できると考えました。
 
土佐:心音の提供だけなら、聴診器がなくてもネットで送信して動かせますよね。
 
山田:そうですね。聴診器でないとうまく振動が受信できませんが、鑑賞者の介入方法はほかにもありそうです。
 
タナカ:この作品にとって理想的な会場があるかもしれませんね。病院のロビーなども面白そうです。絵が飾ってあったりアクアリウムがあったりしますし。
 
土佐:うつ病患者のヒーリングなど、実際の治療に使ってもらうような可能性もありますね。
 
山田:医療機関の人、アーユルヴェーダ(インドの伝統的医学)やヨガをやっている人からも興味を持っていただいています。大きいものは難しいですが、小さい作品であったら展示は可能でしょう。

アーティストとして歩んでいくには

山田:最後に、私は美術大学の助手や非常勤講師を経験したあと、現在に至るのですが、どうやったらこのメディアアート界で生きていけるのか、アドバイスをいただきたいです。
 
土佐:「メディアアート」というカテゴリ自体がもはやあまり意味のないものかもしれない、と思っています。肩書よりもいい作品をつくることの方が重要ではないでしょうか。作品が道をつくってくれるでしょう。
科学は世界を客観的に見ることのできる方法を提示し、アーティストは主観的に世界を見ることのできる方法を提示する。メディアアートはそれらを合体させようとしてきました。科学という客観的な方法論を使い、主観的な新しい世界の見方を社会に提示するのです。いい作品には多重性があり、さまざまな意味がそこに含まれます。一番いいのは、ひとつのメッセージが多重的にみえることです。
 
タナカ:どう考えを深めていくのか、具体的に聞きたいですよね。
 
土佐:例えば、本を読むこと。知識があることで、経験が知恵を呼びます。
また、世界は何でできているか、つまり世界観を勉強した方がいいですね。江戸時代の思想家の三浦梅園、有名なところではライプニッツやホワイトヘッドのような哲学者が、世界をどう見るのか。多様な世界観を知った上で活動した方が、少なくとも見えているものを言葉にできる。現代は、自分の世界がどういうものか言語化する時代だと思います。

強いインパクトを持ってメッセージを提示する

土佐:昔のベネトンのキャンペーンで、写真家のオリビエーロ・トスカーニが白人、黒人、黄色人種の心臓を並べ、人はみんな一緒だと表現しました。世界で戦うには、このようなはっきりとしたインパクトが重要です。脱コンセプチュアルアート、アジアの時代などと呼ばれてはいますが、まだまだ現代美術はコンセプチュアルアートが認められやすい世界ではあります。
もう少し長いスパンで考えて、ひとつのテーマを10年ほど取り組んでみたら、何か見えてくるのではないでしょうか。その方が、作品に深みと驚きが出てきます。もう一皮剥けることに期待したいですね。
 
山田:世界には人種、LGBT、貧富といった差別の問題があります。みんな同じだと口で言うのは簡単ですが、何が同じで何が違うのかは提示できていない。僕は作品を通して、私たちが生きているという根本の現象は同じだけれど違うことを提示したいのです。身体性に触れることで、他者との差異を理解し、思いやる。この作品はそれができますし、これまでの展示でも、そう見てくれる鑑賞者がたくさんいました。この「同じだけれど違う」というメッセージを、作品を通して広めていきたいです。

―次回の面談に向けて、より一層考えを深めて、コンセプトに適した表現方法を模索していく予定です。