自主制作映画からスタートし、あらゆる人の記憶に接する映像作品の制作を目指す牧野貴さん。文化庁メディア芸術祭での、第19回アート部門審査委員会推薦作品『cinéma concret』のほか、国際映画祭でも多数の受賞・選出歴があります。本企画では、幾重にも重なった映像と、鑑賞者の想像力の喚起によって、個人がすでに持っている光の記憶を再認識する映像インスタレーション作品の制作に挑みます。

アドバイザー:山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)/和田敏克(アニメーション作家/東京造形大学准教授)

―面談はビデオチャットで行いました。

展示システムの再考

牧野貴(以下、牧野):11〜12月まで関東近辺で自然・建築物、徳島で渦潮(うずしお)、伊勢で森・海などの素材を撮影・収集し、12月初旬から4Kでの映像編集を開始しました。素材は有機物・無機物・自然現象エフェクトに分類して整理し、映像を平均8回重ね、残響効果(エコーエフェクト)をかけていきます。まずは10分の映像をつくりました。

―牧野さんが映像を見せます。

牧野:この映像の動きが一定なのは自分の歩く速度とリンクしているためです。ここからそれぞれの映像の速度やコントラストを微調整していきます。
初回面談時のアドバイスを受け、映像をリアルタイムで重ねることにしました。ひとつのスクリーンに3台のプロジェクターから、それぞれ無機物、有機物、渦の映像を30〜60分程度、緩急をつけてループで流します。音響について、当初はサブウーファー1台を想定していましたが、2台使うと音波がモアレ状の振動をつくる現象が起こるため、体感的なサウンド効果が得られます。映画館と同じ5チャンネルと、2台のウーファーを用いる予定です。現在は、ここまで抽象化させる必要があるのかという疑問も持ちつつ、編集を進めています。

和田敏克(以下、和田):3種類の映像を重ねていくのは楽しみです。全部を均等に重ねるよりは、ある瞬間は有機物が強く現れてくるなど、プロジェクターのほうで強弱が変えられる仕組みがあればおもしろいですね。音響も同様に、響き合ったり不協和音だったり、さまざまな瞬間が見えてくるといい。
3種の要素を、鑑賞者はある程度理解した状態で鑑賞するのか、作品を鑑賞していくうちにわかるのか、まったくわからないのか。どれが良いのでしょうね。

牧野:そこですよね。編集の段階で強弱をつけることは考えていましたが、機材のほうでつけるのもおもしろいですね。

和田:3つの要素は、それぞれのプロジェクターにランダムに入っていてもいいのではと思いました。それが不定期にループして、ある場面ではすべて有機物になるかもしれないし、3種類がすべて重なってすごく抽象的な画面になるかもしれない。コンセプトとして3つの要素をそれぞれ出すことが重要であれば、それを大事にしたほうがいい。

牧野:編集段階で自然に分かれてしまったのですが、全部混ぜるのなら2台のプロジェクターでもいけますね。

山本加奈(以下、山本):人工的な揺らぎではなく、予測不能な動きをする風、炎、水といった自然現象に即したフィルタリングはどうでしょうか。もしくは、来場者の数や動きで変わるようなインタラクション。抽象度の度合いでも緩急をつけられるかもしれません。重ねる回数を薄くしたときに、自分のストーリーとの結びつきをサブリミナル的に入れるのもおもしろそうです。

牧野:渦潮や光の反射など、自然現象のエフェクトは用意しています。インタラクションは、どうやったらいいのでしょう。

山本:プログラムのできる人の協力が必要になりますが、そんなに難しいことではないと思います。

作品鑑賞に最適な展示環境

山本:1枚の大きなスクリーンなら、壁一面に投影して上下左右のエッジをなくしたいですね。5.2チャンネルになったので、立体感を出す音の演出で、さらに没入感が上がるかもしれません。

牧野:演出で考えていたのは、展示空間に入る前に鑑賞者に1分間暗闇にいてもらう。そこからスクリーンを前にすることで、自分が暗闇で感じていたものとリンクできれば。

山本:それは最高ですね! そこで目のリセットと同時に耳のリセットもできればいいかもしれません。

牧野:重低音を出していると別室でも響いてしまうので無音は難しいですが、その音でニュートラル化できるかもしれません。

山本:音は身体にも影響します。上映時間も長いですし、細心の注意を払って作成してほしいです。

牧野:そうですね、お腹の中で心音を聞いているような暖かさを出したいです。

山本:長時間の体験になりそうなので、ストレスフリーで視聴できる環境を考える必要もありますね。発表する場所は決まっているのでしょうか。

牧野:興味を持ってもらっているところはありますが、コロナ禍ということもあり、まだ確定ではありません。映画館を展示場所として使用することも考えられますが、いまのところ映画祭に出す予定はないです。

和田:大画面での4K映像も見たいですね。成果発表での展示も、できれば4K映像で見たい。

牧野: 4Kの映像は大きく投影すればするほど違いがわかりますからね。しかし、一般的なPCで再生できるのは2Kまでなので、縮小された映像になります。 3月の成果発表では、できれば3つの4K映像をみせ、本番ではこれらが混ざり合うというシステムの紹介をしようと思っています。

日本でアーティストとして活動するには

山本:オンラインで物事が完結するようになった今、地方や海外への居住は考えているのですか。

牧野:コロナ禍以前は海外に行くことが多く、空港が近くないと不便な生活をしていたのですが、今は関係ないですね。できれば海外に住みたいです。スペインの映画学校で授業のコマを広げてもらえるはずだったのですが、オンラインになって規模も縮小になってしまいました。

山本:スペインと日本との違いは何でしょうか。

牧野:ヨーロッパのほうが、仕事が多いです。短期の授業やワークショップ、展示・上映など、ひっきりなしに依頼が来ます。東南アジアもメディアアートが盛んです。美術界から映画界と幅広く活躍するタイの作家、アピチャッポン・ウィーラセタクンの影響もあると思うのですが、現代美術と映画がつながっている。日本の大学でも、多摩美術大学、日本大学芸術学部、東京造形大学、イメージフォーラム映像研究所などで何回か短期授業を行いました。

山本:ヨーロッパはもちろん、東南アジアでも文化活動が活発になってきていますね。日本も活発化するには、どんなことが必要だと思いますか。

牧野:日本で展覧会やプロジェクトを企画する人は組織に所属しているので、チャレンジングなことがあまりできない。若いキュレーターが活躍できる機会もあまりありません。文化庁ではじまったキュレーター等海外派遣プログラムなど、キュレーターへの支援がもっとあれば良いのですが。

山本:そういう課題があるのですね。日本でアーティストが仕事のできる場が、展示・上映以外では学校で教えるくらいしかない。

牧野:もう少し、美術と映画、両方関わりながら活動の場を広げていければと考えています。

山本:ひとりで活動していて、モチベーションはどのように保っているのですか。

牧野:ひとりで制作していると相談する機会があまりないのですが、誰かに話してみると、それが自分の考えに影響してくる。この事業の初回面談時にフィードバックをもらえたのは豊かな経験でした。今はこの事業がモチベーションになっています。

―最終面談までに、成果発表イベントのための展示映像を完成させる予定です。