特定の知識を要する鑑賞状況のみで成立するような表現ではなく、多様な人々に開かれた表現メディアの創出を目指して作品制作をしている佐々木遊太さん。今回採択された企画は、自身も尊敬する日本のお笑い芸人「ダチョウ倶楽部」の代表的な芸、通称「どうぞどうぞ」を、構造の理論化とそれに基づく制作とのフィードバックを繰り返しリサーチするアートプロジェクトです。佐々木さんが制作テーマとする、狭義のメディア表現の分野のみならず多くの方々に受容される「鑑賞者の知識や背景を問わないおかしみ」を創出するための知見を蓄積することを目的としています。

佐々木さんのアドバイザーを担当するのは、アーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏と、マンガ家/神戸芸術工科大学教授のしりあがり寿氏です。

「どうぞどうぞ」の構造を理解するための実験

佐々木遊太(以下、佐々木):プロジェクトを始めたきっかけは、ふとつくってみた「どうぞどうぞ」の音声と別の映像を組み合わせたモンタージュ映像です。それはとても面白かったのですが、他の映像を使うと面白くなかった。その面白さの理由を探りたくて始めました。「どうぞどうぞ」の構造を理解するための図表の制作、それに伴う実装、それらをまとめて提示する個展の開催。この三つを目標に進めています。

―構造を理解するために作成した数々の図表や、実装実験の進捗状況をモニターに映しながら説明していきました。

「どうぞどうぞ」の3人の力の作用についての考察グラフ

佐々木:今はまず、「どうぞどうぞ」の構造を理解するために考えたことを形にしてみています。3人の力の作用をグラフ化してみたり、やりとりの裏にある感情の推移や、場の雰囲気の変化を、単純な図形を用いたアニメーションやLEDモジュールを用いて可視化したり、関数の公式もつくりました。
いろいろと試すなかで「どうぞどうぞ」の重要なキーワードとして見えてきたのは、「同調圧力」から「梯子外し」(おだてたあと孤立させること)への流れです。そこで、指向性スピーカーを用いて鑑賞者の耳元でのみ音が再生されることで同調圧力を表現したり、無線モジュールを使って照明を制御し、部屋を急に明るくすることで梯子外しを表現したりと、光や音の変化で「どうぞどうぞ」を体験するような仕掛けもつくってみました。
行為、状況、感情が相互作用し、次の行動を生み、また状況が変化する。結果笑える。その様を再現するため試行錯誤しているのですが、正直なところいろいろとやりすぎて、自分でも収拾がつかなくなっています。

鑑賞者の見方を固定せず、議論を生むために

久保田晃弘(以下、久保田):論文になりそうな、研究的なプロジェクトでもありますよね。というのも、僕は先日のプレゼンテーションを聞いたとき、まず郡司ペギオ幸夫氏(理学者、1959-)の『群れは意識をもつ』という著書にある「ダチョウ倶楽部モデル」を思い出したのです。彼はダチョウ倶楽部を、個ではなく、群に生まれる意識や価値観などを示す一つのモデルとして挙げています。そうしたユニークな研究を、さらに別の観点から、独自に深めようとする人がいるのが面白いと思いました。

佐々木:そんな研究があるのですね。読んでみたいと思います。

しりあがり寿(以下、しりあがり):鑑賞者が笑うということにもこだわりがあるようですが、佐々木さんの作品や展示を見て、鑑賞者が笑えるかどうかは一旦脇に置いておいた方がいいのではないでしょうか?人が笑う理由はさまざまですし、このプロジェクトは、佐々木さんがこんなふうに一つの芸に入れ込んで、一心不乱に研究している様がくだらなくておかしくはありますが、それはダチョウ倶楽部の笑いとはまた別ものです。鑑賞者の特定の反応を狙うということは、捉え方を限定することでもあります。そうすると、それ以上広がらなくなってしまいます。

佐々木:なるほど……。実装を考える上で「再現性の高さ」と「誰にでも受け取ってもらえること」、そして「なぜ『どうぞどうぞ』で笑ってしまうのかがわかること」。この3つのポイントは重要だと考えていたので、笑いは必須だと思っていました。再現性を求めるなら笑いもセットだと思いますが、いまのアドバイスを伺い、再現よりも「どうぞどうぞ」の核のようなものを抽出して、自分なりに「どうぞどうぞ」の次のページをめくるような意識で取り組む方が面白くなる気がしてきました。

久保田:研究ではなく作品展示という形で見せるのであれば、そこは鑑賞者の捉え方を固定しない、むしろ多様性や議論を生む場であるべきだと思います。ダチョウ倶楽部が特別な存在として扱われるのではなく、そこから鑑賞者の日常にも通じるような普遍性を見出すことが大切です。「どうぞどうぞ」に笑ってしまうのは、視聴者自身にも似たような空気感を味わった経験や、思い当たる節があって苦笑いするようなところもあるのかもしれません。

実装のアイデアと展示の見せ方

佐々木:実装としては、日常的に気になった言葉から主語と動詞の面白い組み合わせをつくり、それをもとに「どうぞどうぞ」を生成し続けることを考えています。完成したものを見せるのではなく、リアルタイムに生成し続けるイメージです。
「どうぞどうぞ」の音声は一切使用せず、光や映像など何かしらに置き換えて抽象化するつもりです。

久保田:展示空間のつくり方の話でもあるのですが、例えば映像なら、空間に5つ程度点在させて、同時多発的に再生されていると面白そうですね。一つをじっくり見るのではなく、ザッピングするようなイメージで、あっちこっちの「どうぞどうぞ」を見る。一つひとつは単純な「どうぞどうぞ」だけど、複数を同時に見ることで鑑賞者の中でその構造がメタ的になって、関係のない映像同士に関連を見出したりもするかもしれませんし、佐々木さんの「どうぞどうぞ」に対する熱量や過剰さみたいなものが、より感覚的に伝わる空間になると思います。
さらに映像やオブジェクトなど、「どうぞどうぞ」を実装されたさまざまなものがたくさん配置されていて、それぞれがランダムに「どうぞどうぞ」を繰り返す。「梯子外し」の表現を共通にしておいて、ふいにそのタイミングをシンクロさせるのはどうでしょう。すべてが一斉に盛り上がったり、盛り下がったりするタイミングを設けて、空間全体で場の雰囲気が一変する瞬間をつくると、とてもインパクトがあると思います。

しりあがり:細かな話になりますが、前半で見せてもらった実験の中に「どうぞどうぞ」の構造をLEDに置き換えたものがありましたよね。その光の明滅の仕方やスピードを変えるだけでも、与える印象や場の雰囲気はずいぶん変わると思います。個人的には、「梯子外し」のあと、1個だけ残った光が非常にゆっくり消えていくと、きっと笑えます。構造的なことだけを抽出するのではなく、その背後にある微妙なニュアンスまで含ませたいですね。

佐々木:これはまた別のアイデアで、どう実装していったらいいのか未知数なのですが、目に映る万物全てを「どうぞどうぞ」にする「どうぞどうぞ無双(むそう)」というアイデアもあります。複数の通信モジュールなどを同期して、さまざまなものたちに関数をインストールするという……。

しりあがり:そこまでいくと、「同調圧力」だとかの心理的な話とは全く別物ですね(笑)。とことん真面目に研究するのか、より単純に面白がってみるのか、どちらに転んでも面白くなるとは思いますが。

久保田:それも数多ある一つのアウトプットとして、膨大なリサーチと実験、アイデアの蓄積をそのまま見せて量で圧倒することが展示としては重要だと思います。「この人はなぜこんなことにこんな熱意を?」と鑑賞者に疑問を抱かせることができれば、興味を持って見てくれます。我々もそういう部分に惹きつけられたのだと思うので。一つの回答を導き出すのではなく、「『どうぞどうぞ』を調べる」という、その全貌を見せることが、新たな世界観、宇宙観のようなものを感じさせることにつながると思います。

佐々木:ありがとうございます。とにかく、一生懸命、たくさん形にしていきたいと思います。

―次回の面談では、実装、個展会場の選定、アウトリーチやウェブサイトの開設などについて、進捗状況が報告される予定です。