ネットアート作品『余白書店』が第18回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出されるなど、今あるものに新たな可能性を見出し続ける内田聖良さん。今回採択された企画『ちいさいまよい家(が)/ちいさいまよい家(が)のために』(仮)は、「店」という形式をとりながら、ポスト・インターネット時代の身体から生まれる「民話」的フィクションをつくる試みです。

内田さんのアドバイザーを担当するのは、アーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏と、ソニー株式会社勝本常務室UX企画部コンテンツ開発課統括課長の戸村朝子氏です。

フィクションとして伝えるからこそ共有できる

内田聖良(以下、内田):私の実家にはたくさんの中古品があります。それらを母親と整理していると、買い物するともらえる紙袋のようなものひとつにまで、母が「この袋は駅ビルの受付のお姉さんが、私の荷物が重くて困っていたときにくれたもので……」と語り始めたことがありました。現在私が暮らしている秋田県で行われている西馬音内盆踊り(にしもないぼんおどり)では、古着のパッチワークを施した衣装を纏うことで、先祖を身近に感じながら踊ります。こうした経験や昔の文化に触れ、中古品は持ち主の記憶を格納した外部メモリのような役割を果たしていて、人が中古品に対して感じてしまう気配のようなものを機能として使うこともできると気づきました。『余白書店』でも中古品(古書)を扱いましたが、今回は、中古品が持つ、記憶や身体感覚を保存・伝達する機能にフォーカスして作品にしたいと思いました。
その表現にフィクションを取り入れようと思ったのは、東北に移り住んで身近になった民話が、事実としての情報共有とは異なるフィクションという形をとることによって、むしろ切実な感情や記憶といった情報を伝える道具としての側面があることを知ったためです。今回の企画では東日本大震災の被災地で、今も避難を余儀なくされている方々がいる福島県を取材します。そして、フィクションや中古品の機能を用いて、かつて民話がしていたような、直接は言葉にしづらいできごとや感情を共有する道具としての側面を持った表現をつくることができないかなと考えています。

―写真や映像を見ながら「かみこあにプロジェクト2018」(秋田)での展示作品を紹介しました。

内田:8月に秋田県上小阿仁村(かみこあにむら)で展示をしました。上小阿仁村でかつて語られていた巨人や沼にまつわる伝説と、私の実家の中古品にまつわる物語をモチーフにしています。会場には実家にあったティッシュ箱や、引き出物のオルゴールなどの写真と映像を展示しました。映像から聞こえる声と会場に置いた中古品を連動させるなど、全体を一つのインスタレーションとして制作しています。
普段、「メルカリ」などのライブ配信を見ていると、自身のプライベートを見せて物を売る人がいたりしますが、今回の展示ではそうした過剰なプライベート感を声質などで表現し、物語の伝え方を工夫しました。

戸村朝子(以下、戸村):物語の内容の筋自体はあまり重きをおかず、声質やテンポで、感情や空気のようなものを共有しているように感じました。

内田:映像に出てくる話のなかで「アンチエイジング」という言葉を使いましたが、こうした、広告など多くの人が目にする言葉やイメージを、アイコン的に利用するのも面白いかと思いました。またtwitterで炎上するツイートは、他人の気にとまりやすいように、過剰に演出したり、「話を盛る」ことが多くあります。そうしたオリジナルの話が流通する過程で、イメージや話の内容が変わる現象を、あえて表現の要素として扱うことができたらと思っています。現代は、事実かそうでないかが重要で、「話を盛る」のは悪い事のように思えるけれど、それをその人の創作としてポジティブに捉えられたら。それは事実を語るのではなく、フィクションという前提があるからこそできることではないかと思っています。

戸村:A、B、Cという3つの事実があるとして、その順番を変えたり、伝え方を変えたりすると話は変わりますよね。そういった伝わり方のトリックを伝えたいのでしょうか。それとも空気感を大事にされたいのか、何を大事にしたいのか、軸足を定めて表現を検討いくのが良いと思いました。

パフォーマンスだからこそ伝えられる繊細さ

久保田晃弘(以下、久保田):内田さんが今、制作のうえで一番迷ったり悩んだりしているところはどこにありますか?

内田:『余白書店』は「店舗」という体の、amazon上でのパフォーマンスとも言えます。ある表現を「作品です」というとアートが身近ではない人にとっては敷居が高く、受け入れてもらえないけれど、「店です」というと「変な店だね」と、すんなりと受け入れてもらえることがあります。今回も「店」のように日常と地続きの形式で表現をしたいと思っています。ただ現時点では、作品として展開するなら問題ないけれど、店としてやっていくならば何を考えて何をしていけば良いのか、あやふやな部分があります。

久保田:今のお話を伺っていて、まず、アウトプットとしてはパフォーマンスが良いのではないかと思いました。今回、取り扱うのは東日本大震災や「福島」というデリケートな問題なので、テキストやモノにしてしまうとそれが一人歩きしてしまう可能性もあります。あくまでパフォーマンスという、自分がいる場で繊細な操作ができることが必要だと思います。秋田で展示された作品もある種のパフォーマンスともいえるでしょう。お客さんが来たときに始まる、オープンで非同期的なパフォーマンス空間。それは内田さんが言いたいことの代替物だと思うんです。さらに見た人に、パフォーマンスならではの「作者と空間を共有したい」という感覚を思ってもらえると、より伝わる作品になるのではないでしょうか。アートの世界でもパフォーマンスは非常に重要なものとなっていて、パフォーマンスについてどういう議論が行われているのかを調べてみると参考になるでしょう。
それから今回の主題ですが、「物」に宿る記憶や痕跡についての議論は古くからあるものですね。ただ内田さんが面白いのは、今のポスト・インターネットといわれる時代にそのテーマを扱うという点です。近年インターネットという仮想空間からの回帰で、よりフィジカルな体験が求められるようになっています。そのなかで物の記憶や身体、家といった問題がどのように変わっていったのかは微妙な変化かもしれません。だからこそ、内田さんの作品のような、些細なニュアンスやふるまいで丁寧に伝えることができれば、今そのテーマを扱う意味があると思います。先ほどの映像のように、声色を変えて同じセリフを言うなどの微妙な差異。そうした理性と感情の狭間をきちんと表現していくのが良いと思いました。その意味でも、丁寧に人とコミュニケーションできる場としてのパフォーマンスが、今回の作品には適しているのではないでしょうか。
今やネットの中の自分が偽物だと断言できる時代ではありません。内田さんの世代が感じるリアリティを表現してほしいです。それを語る上で、「福島」というデリケートで難しい場を持ってくることは重要なことで、チャレンジになると思います。

戸村:内田さんは見えていないものを見せようとしていらっしゃるんだなと思いました。採択の理由もそこにあります。現在、見た気・理解した気になってしまうようなメディアが多く氾濫しています。物語の感情表現をたとえば色の階調に置き換えると、昔はその階調の幅が広かったけれど今は狭くなってしまったのではないか。内田さんはその階調の豊かさを、物語や映像の声色、空気を通じて表現しようとしているように受け止めています。

久保田:たとえば大きな組織やチームになればなるほど、階調は荒くなるんですよね。一言でわかる言葉にしたり。「アンチエイジング」もそうですね。

戸村:そういう意味でパフォーマンスは複合的な器だと思います。伝え方の可能性の幅を理解したうえで整理し直すと、お客さんに伝わるのではないでしょうか。

久保田:逆にいうと、自分のなかの階調やレンジを広げる努力やリサーチも必要です。

戸村:パフォーマンスは受け手の視線を奪うことでもあるので、その人がどう聞こえるか、どう見えるかをイメージすること。例えば福島の問題ならば、当事者だけでなく直接関係していなくても少し関係のある人、全く無関心な人、利益相反のある人が仮にいるとして、それぞれがどのように受け止めるのかを考えることが、制作に役立つと思います。

何を伝えたいのか

内田:さきほど「整理」とおっしゃったのは、それは言葉や声色の整理ということでしょうか?

戸村:言葉や声色は内田さんの貴重な財産なので、そうではなく整理してほしいのは「何を伝えたいのか」という部分です。

久保田:内田さんの場合は伝えたいのは言語ではなく言葉、またストーリーではなくナラティブだと思います。たとえばこの展示室が夕方だったらどう見えるのか?この部屋がもっと小さかったらどうか?と。そういったディテールを考える丁寧さが重要になるでしょう。先ほどパフォーマンスといったのは広い意味で、美術館もメルカリもamazonも発表のフィールドかもしれません。拡張したパフォーマンス表現をやってみてほしいです。

戸村:たとえばリサーチの一つにアボリジニーを入れるのはどうでしょう。というのも、彼らは言語を持たず、全てを歌で伝えます。アボリジニーの方を対象にした写真のワークショップをしたときも彼らの撮影した写真が感情表現に長けていて、ものの見方が全く違うことに気づかされました。元来の人間が持っていた伝え方や空気感に通じるものがあります。

内田:ありがとうございます。今後の予定としては、福島で活動を行っている文筆家・小松理虔(りけん)さんにアポイントをとって、地元の方の案内で10月中下旬から帰還困難区域や国道6号線などを取材する予定です。

―次回の面談までに、フィールドワークやリサーチ・取材を行う予定です。