抽象アニメーションを制作し、海外の映画祭での評価をはじめ文化庁メディア芸術祭でも7度の審査委員会推薦作品選出歴のある水江未来さん。今期から新しく始まった団体への制作支援として採択された本企画は、「日本発、新しい実験の場としての長編アニメプロジェクト」として、『西遊記』を子ども向けのミュージカル映画として制作する水江さんたち製作委員会の新たな挑戦です。

『水江西遊記』(仮)製作委員会のアドバイザーを担当するのは、マンガ家/神戸芸術工科大学教授のしりあがり寿氏と、アニメーション作家/東京造形大学准教授の和田敏克氏です。

将来を見据えた、短編作品の位置付け

土居伸彰(以下、土居):『西遊記』を原作とした水江未来初の長編作品をつくるプロジェクトで、今回は長編の資金調達のためのパイロット版制作を行います。

和田敏克(以下、和田):脚本は書き始めているんですか。

土居:脚本という概念をどう捉えるかについて話し合っています。ビジュアルの方向性はある程度決まっているのですが、脚本については物語をどう組み立てていくのか、という方法論の段階から試行錯誤しているところです。たとえば、ビジュアルベースで作っていくやり方もあるのではないかと。

和田:パイロット版だけでなく本編を見据えて設計しているんですね。

土居:企画書の段階では、孫悟空が金閣・銀閣と戦うところを一曲のミュージカルにして短編をつくる、というのを考えていましたが、むしろいろいろなシーンを集めたダイジェスト版にして、様々なビジュアルの方法論を試すものにした方がプロジェクトの将来としてもいいかなと考えています。

水江未来(以下、水江):当初、パイロット版ではあれど、独立した短編としても完結させたいと考えていました。映画祭では短編作品として扱われるけれど、実際は長編の一部という考え方が面白いと思っていたのです。ただ長編をつくるためにPRしていくと考えるとやはり弱いのかなと。長編の中に登場するであろう劇的なシーンを複数集めた方が、ヨーロッパのいろんな制作支援制度を使ってステップアップしていくうえでは重要かなと。

土居:実質的な作業を考えても、脚本を練る時間がかなり必要です。できれば脚本をお願いしたいと考えている鈴木卓爾さん(脚本家、俳優、映画監督、1967-)も過去、アニメーション制作の経験があり、ビジュアル的にものを考える方でもあるので、絵コンテをどうつくるのかも含め、まだまだ時間が必要だなと。

―水江さんが試しに描いてみた絵コンテを見ながら話を進めます。

土居:『西遊記』というみんなが知っている話だからこそ逸脱をしたい、エンターテインメントとエクスペリメンタルを上手いバランスで成立させたい、というのが今回の動機としてあるので、良いバランスを探るための作業をしています。

和田:鈴木さんも含めて長編全体の構成を考えながら、見せ場のビジュアルを設定して進めるのがいい気がしますね。

アニメだからできる空間と時間の描き方

土居:今回、『西遊記』の原作が内包している多様性も最大限に伝えたいと思っています。本当にいろいろな要素が入り込んでいる原作なので、『西遊記』をもとにした美術作品やドラマ・アニメ・マンガ、さらには物語の舞台となっている国・地域の装飾美術なども含め、様々な要素を取り入れた、オマージュ的なものにしたいと思っています。

和田:原作にこだわりすぎず、水江さんがつくる別世界が混じり合っていったらいいですね。

水江:原作を読みながらスケッチしていると「どういう空間なんだろう」と理解できないことが多いんです。ですので、こういう空間なのかなというイメージは自分の引き出しから勝手に組み立てていくことになります。作者がイメージして言葉にしたものと、原作が書かれて何年も経って、僕が同じ言葉からイメージするものがまったく違うことが、ビジュアルの遊びにつながるので面白い。一つの言葉からこれだけイメージが変わるということが実験的で、意識して取り入れたいですね。

土居:原作を読むと、言葉では簡単に書かれていても、それを実際にビジュアル込みで展開させようとすると整合性の取れないシチュエーションがたくさんあることに気づきます。次元や時間が圧縮されていて、物理的な現実とは違う感じというか…。過去の『西遊記』を原作とした映像作品の多くは、かなり物理的な現実の制約を乗り越えることができてないように思います。アニメーションであっても、かなり「現実的」だなと。今回は、ドローイングのアニメーションであることを最大限に活かし、だまし絵的な表現も含めて、幅を出したいです。

しりあがり寿(以下、しりあがり):今まで、水江さんは抽象的で心地よさのようなものを非常に高いレベルでつくってきました。物語を描く場合、心地よさだけではなく怖さなどいろんな感情を与えなければならないし、場所や描くものを説明しなければならない。ある種の雑音を入れなければならないでしょうが、誰もが知っている話なので丁寧に話を追う必要はないと思います。

和田:私もストーリーよりはデザインを優先したほうがいいと思います。例えばビートルズのアニメ映画『イエロー・サブマリン』(1968)はメリハリがありますよね。ストーリー部分から歌の部分になると、突然デザインだけの世界になったり。

水江:今回の『西遊記』はミュージカル形式がいいかなと思っています。

土居:ベティ・ブープのアニメ『ミニー・ザ・ムーチャー』(1932)でも、突然ミュージカルのようにキャラクターが歌い出すという転換があったりします。そういった突拍子の無さが今回のものにも入るといいなと思いました。

和田:ストーリーが展開する部分と、曲に基づく部分をはっきりさせるのは、長編の場合は効果的になるでしょう。

キャラクターの性別は限定しない

土居:原作を読むと、悟空たちは見た目が相当気持ち悪いようなのです。各地で王様などが気絶するくらいグロテスク。でも、最初は気味悪がっていた人々も、悟空たちとの交流のなかで、次第に信頼をしていくようになります。人を見た目で判断してしまったり、それを乗り越えていったりなど、人間臭い部分や欠点を、ある意味でキュートに描いているようなエピソードが豊富です。

しりあがり寿:三蔵法師は原作ではどういうキャラクターなんですか?

水江:現代人でいうと、Twitterを見てフェイクニュースにだまされ、すぐにリツイートしちゃうような人かもしれません(笑)。あまり自分を持っていないし、人間らしいキャラクターです。

土居:日本だと夏目雅子(女優、1957-1985)が三蔵法師を演じて以来、三蔵法師のイメージは固まっています。原作を読んでも、捕まって縛られたり…というシーンが何度もあって、弱々しさやエロティックさ、無防備さがキャラクターです。ただ、そういうキャラクターに女性が割り当てられていくのもどうなのかなという気持ちもあります。その点、アニメーションだと性別をぼやかすことができる。

和田:今回はキャラクターの性別は決めないで進める予定ですか。

土居:観る人が決めていければいいかなと思っています。三蔵法師だけではなく、その他のキャラクターも含め。

水江:孫悟空は原作の第1話のラストで仙人から名前をもらうんですが、その時、孫という苗字の「子」の部分が男の子で、「糸」が女の子という意味がある、と言われています。孫悟空は男の子のイメージがありましたが、男子と女子の両特徴を備えているのかなと。そう考えると、どちらの性別にも属さない描き方があるような気がします。

軸をつくり、ビジュアル案と音楽を検討していく

土居:10月から11月にかけてビジュアルの検討をしようと思っています。今回の成果としてパイロット版を作りますが、それを予告編として、資金調達のプレゼンやクラウドファンディングに使う予定です。もし本編を作れることになっても、あまり多くの人数をさけないと思うので、少人数のチームで最大限にグラフィックのクオリティを上げることができるやり方も探りたいと考えています。

和田:全体の計画としては何年くらいで考えているのですか。

土居:来年は資金調達をする予定で、それ次第かと思います。ものすごくうまくいけば、再来年に完成することもありえるのかなと。とりあえずは、来年3月の成果発表に向けて予告編を完成させて披露したいと思っています。

和田:今回つくるものは本編の一部分というよりパイロット版として独立して見えるといいかもしれないですね。本編はもっとすごいものになるんだという期待をもたせるもの。プロモーションムービーとして軸となるアイデアをつくり、その軸に沿ってまとめていくと良いと思います。ぜひ遊び心をたくさん入れてください。あと、音楽もそろそろ動き始めないといけないですね。

土居:作曲家の人選や、音響や効果音にも凝っていきたいと思っています。それから、ミュージカルのダンスのために、クレイジーな感じの振り付けができる方も探したいですね。

和田:アニメーションには関節の限界がないですもんね。ぜひアニメにしかできない身体的な動きを提案してください。

―次回の面談では、『西遊記』の具体的なグラフィックやキャラクターのイメージを見せる予定です。