スズキユウリさんは、ロンドンを拠点に世界中で作品を発表するほか、『The Global Synthesizer Project』が第20回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出されるなど、国内外で活躍されています。今期から新しく始まった団体への制作支援として採択された本企画 「エレクトロニウムプロジェクト」(仮)は、米国の作曲家レイモンド・スコット氏(1908-1994)が手掛けていた未完成の自動作曲装置「エレクトロニウム」をソフトウェア上で再現し、多くの人が人工知能との対話などを楽しめるプラットフォームを構築するものです。

アドバイザーを担当するのは、アーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏と、ソニー株式会社コーポレートテクノロジー戦略部門テクノロジーアライアンス部コンテンツ開発課 統括課長の戸村朝子氏です。

―最終面談も、ロンドンからSkypeを介して行われました。

即興演奏を可能にするインターフェース

スズキユウリ(以下、スズキ):まずは、システムが完成しました。

―完成した作品を映像で見ながら、話が進みます。

久保田晃弘(以下、久保田):お疲れさまです。やはり実際に動くものができると、いろいろ想像が膨らみますね。そこでまず素朴な質問から。インターフェースの左側に見えるものは、プリセット的なイメージでしょうか。

スズキ:左側は、プリセットというよりコードなどを設定するパネルになっています。レイモンド・スコット氏の「エレクトロニウム」には音量などを設定するツマミの代わりにボタンが付いています。それがどういうものか、ずっと検証していました。結局、スコット氏は即興で演奏できることを重要視していたので、ツマミを回すよりも、ボタンですぐにアクセスできるようにつくりたかったようでした。そこで、ここでもボタンを12個羅列しています。

久保田:なるほど、そうだったんですね。何か事前にボタンに設定を割り当てておくように見えました。

スズキ:これらのボタンによって、コードやベロシティ(音の強弱を表す数値)、テンポなどが瞬時に変えられるようになっています。

「エレクトロニウム」の本質に迫る

久保田:これから使い込んでいくことで、結局「エレクトロニウム」は何だったのかというところに関するスズキさんの意見を聞きたいです。シンセサイザーの歴史の中ではどう位置付けられるのか、あるいは楽器という観点から見るとどうなるのか。今回の作品から、そういうところが議論できると、より興味深いものになるのではないでしょうか。

戸村朝子(以下、戸村):音楽家によるインターフェースだということが、この企画の大きなテーマですよね。前回の面談でも、そこが印象的でした。今までの電子楽器は、エンジニアが考えたインターフェースが多かったと思います。今回、スコット氏の様式を現代に再現するという視点がポイントですよね。それが一つの形として先ほどの映像にも現れていました。

スズキ:「エレクトロニウム」の歴史でいうと、アメリカのレコード会社・モータウンが研究開発部門をつくって、その所長になったのがスコット氏でした。「エレクトロニウム」は、彼が食いつなぐための手段だったとも言えるのでしょうか。結局、すごくお金がかかってしまったようです。彼の本には請求書の記録まで残っていて、膨大な金額がかかっていたことが分かりました。何年もかかって結局完成できなかったのですが、モータウンは寛大で訴訟沙汰にはならず、わりと円満に終わったプロジェクトだったようです。
スコット氏は自動作曲装置をつくりたかったんですが、メモリの問題などでも苦労し、おそらく当時の部品ではつくれなかったんだと思います。彼は老後にその仕事を家に持ち帰って、一人でコツコツつくっていたと思うんです。

久保田:そこを現代の技術で外装する、ということですね。ソフトウェアのいいところは、いくつかの仮説を実装したり実験したりできるところで、それはメディアアート全般にも通じます。僕が関わっている、故三上晴子さんの作品を再展示するプロジェクトでも、プログラムなどの内部構造はすっかり書き換えています。まずは内部構造を再検討することが出発点で、それこそが次の発展につながるんです。今回の企画は、そうしたことを議論するための事例になるのではないでしょうか。
また、パフォーマーから見た楽器という観点で言うと、このインターフェースはスコット氏がつくる音楽の構造と関係していると思います。演奏するために、例えばここのボタンがまとまっている、といったことが最終的には演奏から生まれる音楽の構造と密接に関わっているんです。

戸村:音楽家たちはインターフェースに引っ張られるんですよね。エンジニアではなく音楽家の意見からのインターフェースができると、楽器の性能と彼らの表現したい世界とがまさしく一致するんだろうなと思います。空間音響に関わる身からしても、そう実感します。

スズキ:そうですね。スコット氏は、見た目に美しいことやかっこいいデザインであることも重要視していました。その観点で見てみると、「エレクトロニウム」には必要のないボタンもあるんです。僕自身、Teenage Engineering(ティーンエイジ・エンジニアリング)という、楽器をつくる会社で働いた経験があります。当時、Oplab(オーピーラボ)というデバイスをデザインしたのですが、実は必要ないスイッチもたくさんついていて、そのせいで価格が上がっていた。でもなぜそうするかというと、かっこいいからなんです。ギターもそうですが、楽器とはプロダクトデザインの中では特殊な分野だと思います。機能だけでなく、「かっこいい」ということが重要なのかなと思います。

戸村:そのあたりの話は成果プレゼンテーションのトークイベントでも盛り上がりそうですね。

多くの人が使えるようにするための工夫

久保田:あらためてお聞きしますが、ソフトウェアの開発にはどのようなものを使っていますか?

スズキ:基本的にはAbleton Live(エイブルトン・ライブ)がベースになっていて、多数のプラグインを使用しています。その上に、Javaスクリプトで書いたインターフェースが乗っています。それがタッチスクリーンのパネルサイズにフィットするように設定されています。
通常のモードのほかに、エクスクラメーションモードというモードがあり、様々な人が使えるように、分かりやすくしています。エクスクラメーションパネルを押すと、シークエンスの流れがアニメーションで出るようになったり、クリックすると機能の説明が出たりします。

久保田:ヘルプモードのようなものでしょうか。それは大事ですね。様々な人に、どう使ってもらえるか楽しみです。機械学習には何を使っているのですか?

スズキ:インターネット経由でサーバーと連携し、将来的には、スコット氏がつくった音楽を基に機械学習を活用したいと思っています。また、操る人によって全然違う音楽になるので、録音できるようにもしたいと思っています。試してみると、でたらめに操作する方がスコット氏の音楽に近くなるように感じました。
成果プレゼンテーションでは、デモンストレーションとトークイベントを行うので、それに向けて具体的な作業を進めていきたいと思います。今回のプロセスをまとめた映像も制作中です。

戸村:リサーチを経てここに至ったことを、しっかり伝えたいですね。

久保田:ぜひ、その映像を見ながら、そして音を出しながらトークイベントができれば、と思います。トークイベントには音楽家や研究者などの分野からゲストを呼びたいですね。

―今後は、成果プレゼンテーションに向けて作業を進めていく予定です。