2016年よりコラボレーションを開始したノガミカツキ+渡井大己さん。2017年9月にオーストリア・リンツで行われたアルスエレクトロニカ・フェスティバルのPrix Ars Electronica デジタルミュージック&サウンド部門にて受賞。文化庁メディア芸術祭では、ノガミさんは『group_inou「EYE」』(橋本麦との共作)にて第19回エンターテインメント部門新人賞を受賞、渡井さんはデバイス開発を担当した『妄想と現実を代替するシステムSR×SI』(市原えつこ・藤井直敬・脇坂崇平との共作)が第18回エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出されています。今年度採択された企画『Rekion Voice』では、これまで二人が発表してきた、人間によってロボットが支配されている様子を表現したインスタレーション作品『Rekion』シリーズを発展させます。

アドバイザーを担当するのは、アーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏と、編集者/クリエイティブディレクターの伊藤ガビン氏です。

「ディストピア」を伝える

―制作過程のビデオを鑑賞しながら面談が始まりました。

ノガミカツキ(以下、ノガミ):実験している様子のビデオをいくつか撮ってきました。1つ目は、3つのスマートスピーカー(Google Home)それぞれからピカチュウの鳴き声を喋らせて、ピカチュウ同士の会話を相互反応によって起こさせるものです。2つ目は、犬型ロボットのCHiPがほかのロボットを追従しているものです。

―Google Home同士の会話を聞きながら話は進みます。

ノガミ:今の会話は、Google Home自身が話している内容ではなく、Action on Googleに僕たちが受け答えを入力し、会話をさせているものです。Yahoo!知恵袋への投稿内容を使用し、2つのスピーカーでやりとりさせています。インターネット上の会話などソースが不明瞭なものを活用することで、どこに主体があるのかわからないインターネット上の匿名性を表現しました。

渡井大己(以下、渡井):本当はSNS上のやりとりをストリーミングさせて、スピーカーから発話させたいんですが、まだ上手く連携ができていません。

久保田晃弘(以下、久保田):今は、技術的にやれることが見えてきた、という段階でしょうか。

渡井:全てのデバイスが統合した生態系を見出すところまでは至りませんが、各デバイスが同種間あるいは異種間で相互に連携したり、コミュニケーションを取ったりするように見せるところまでは、持って行けることが分かってきました。たとえば人間が何気なくロボットに命令したことをGoogle Homeに記録させ、改めてスピーカーから発話させることで、日常生活や会話にひそむ残酷さを露わにできれば面白そうだと考えています。

ノガミ:またオウム返しをさせると、各デバイスで音声や認識機能が異なるので、徐々に伝達が正確でなくなり、話がずれてくるのも面白い点です。

伊藤ガビン(以下、伊藤):物理的な内容も含めて、表現の全体像はどのように考えていますか?

ノガミ:ロボット同士の発話がぶつかり合って動作しない場合もあるので、聞き役、コメンテーター役などの見せ方を決める必要があると思っています。

渡井:「OK Google」という言葉で全てが一斉に立ち上がってしまうことや、話している言葉を誰かが途中で認識してしまうことがあるんです。一方で、CHiPやPepperは常にうるさく、黙っているとすぐに話しかけてきます。ルンバも、動作音が意外と騒がしいです。

久保田:「OK Google」で一斉に起動する現象は面白いですね。一人暮らしの家に帰ると、まず何よりテレビをつけていた時代から、まず「OK Google」や「Alexa」と言う時代への過渡期かもしれません。今回の作品は、エンジニアリング的に正しく動かすことが重要なのではなく、今後こうなっていくという世界を演劇的に表現することこそが、必要だと思っています。また、今日のディストピアは、幸いまだインターネットを使っている人たちだけに留まっていました。それがスマートスピーカーの出現によって、おじいちゃん、おばあちゃんのような高齢者、子供や赤ん坊など、インターネットをあまり使わない人たちの生活にもディストピアが訪れて、知らないうちにすべてが、デジタル監視社会のディストピアに放り込まれていくのではないでしょうか。その感じが伝わると面白いです。

ロボットの「意識」はあるのか

―PepperとGoogle Home Miniによる会話の映像を見ながら話が進みます。

久保田:ポストヒューマン思想というのは、すでに近代化と共に起こったものです。近代や大量生産の象徴であった、効率のいい工場に入るべきものは、そもそもがロボットでありAIだった。人間はロボットができるまでの「つなぎ」として工場で働いていただけした。最近になって、ようやくロボットやAIが仕事できるようになったおかげで、近代があるべき位置に収まった。このユートピア=ディストピアを表現することが素直ではないでしょうか。

渡井:しかし、今はまだ人がAIやロボットに歩み寄らないと、生態系が成り立たないと思っています。たとえばPepperは、少しでも頭が傾いていると動かないなど融通が効かないし、すぐに不具合が起きるんです。

伊藤:タクシーに乗ったとき自分で指示した道なのに、運転手がカーナビの指示を優先してしまうこともありますよね。

ノガミ:そういう主従関係も表現できたら面白いと思っています。また人間不在の状況で、ロボットだけの状態になるとどうなるか、という問いを当初は持っていました。しかし現状は、人間が介入しないと機械を操作できないことや、ロボットが発する情報の多くが持ち主の人間が与えた情報や痕跡なので、人間不在の中でも現れてくるのは人間なのだなと感じています。

渡井:ロボットは人間のつくった機械学習のモデルによって動いているだけなので、ロボットに「意識」や「意見」はないと考えています。

久保田:そこはもう少し丁寧に考えた方が良さそうです。機械の「意識」は、私たち人間には理解できないだけかもしれません。「意識」という言葉の定義をした方が良いでしょう。現在は、人間の音声や知識によって機械は学習していますが、人間が不在になった際にAIの生態系が人間をどう捉えるかということになります。人間の本性を知ったとき、機械がどう振る舞うかを考えていくと面白いと思います。

Googleが握る、人間の秘密

渡井:成果プレゼンテーションでは、先ほどお見せしたような実験風景や実際のロボット同士の会話を短いショートムービーで表現しようかと考えていました。スマートスピーカーを使った簡単なデモンストレーションもできればと思っています。

ノガミ:デモンストレーションでは、Google HomeのAIがどのように機械学習を行い、どう受け答えているかも見せたいと思っています。

久保田:最終的なコンセプトと表現したい世界を伝えることができると良いと思います。ロボットを使って演劇的空間をつくるわけですよね。「2001年宇宙の旅」で示されたAIと、現状の世界で人々がリアルに感じているAIは違うこと、また「スマート」という言葉も何が本当にスマートなのか、インテリジェンスとは何なのかを作品を通して問いかけることが必要です。Youtube、Twitter、Facebookのような場は特殊です。そうした場所でディストピアを語っても、確信犯でしかありません。しかし Google Home や Alexa が入って来たごく日常的な世界にも、ディストピアが降りて来ていることこそが面白い状況です。このことを表現するための、基礎的な調査や構造の確認を行ってきたことを成果プレゼンテーションでは説明すると良いのではないでしょうか。

伊藤:Google Homeの話をしているのに、「OK Google」と言ってしまうと起動してしまうので、その言葉が禁句のようになってしまっていますよね。

ノガミ:日本人には馴染まないのではないかと言われている「OK Google」のような起動の指示語を、変更できない状況も面白いと思います。

久保田:昔の日本のように、家に帰って来て「おい」と言うとお茶や新聞が出てきたような、差別的な指示語もあると、ディストピア感があって面白いですよね。

渡井:また自分の会話を公開されるのも恥ずかしいけれど、Amazonの購入履歴やGoogleの検索履歴を公開されることも恥ずかしいですよね。

久保田:みんな、人に言えないことばをGoogleで検索している。現在のどこに人間の生々しい、本当の内面が現れているのか。これはある種、芸術の王道である問いにつながりますが、今はGoogle検索の検索ワードにそれが現れています。つまり、エゴ、嫉妬、ナルシシズム、コンプレックス、性の話など、Googleは人々の秘密を一手に握っているわけです。

―2月23日に開催される成果プレゼンテーションでは、実験映像の紹介やデモンストレーションが行われる予定です。