鋤柄真希子さんと松村康平さんは、第17回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で『While The Crow Weeps ―カラスの涙―』で新人賞を受賞されました。今回採択されたのは、『深海の虹』というアニメーション作品。ガラスを積層させたマルチプレーンの撮影台を用いて深海の神話を描いていきます。

アドバイザーはアニメーション作家の野村辰寿氏と東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授、日本デジタルゲーム学会理事研究委員長の遠藤雅伸氏です。

リアルとファンタジーの間

―初回面談はSkypeでの参加となった鋤柄さんと松村さん。新作の『深海の虹』では、マッコウクジラがダイオウイカを食べるために深海に潜っていくという人類にとって未知の物語を描きます。面談では、はじめに作品の説明をしてくださいました。

鋤柄真希子(以下、鋤柄):この作品では、生物発光というのが重要なテーマになります。イカは発光器官を持っていて、色を自在に変化させることのできるとても美しい生物です。太陽の届かない深海を舞台に、生命を光として捉える作品を通して、アニメーションに光を付随させる試みです。
具体的な技法としては、蓄光塗料や蛍光塗料、そしてLEDなどを使って、アニメーションの絵そのものの光を捉えようとしています。

遠藤雅伸(以下、遠藤):技術的に光らせる方法は沢山あると思いますが、たくさん光らせるのであれば、ナイロンのテグスを光ファイバーの代わりに使うのはどうでしょうか。束ねて、その先を散らばらせると、すごく小さな光の点がたくさんできますよね。並びによって端から色が変わるような表現がやりやすいと思います。私はコンピューターによるコントロールで光が変化することを期待していますが、この方法だとアナログで撮る感覚ですね。

松村康平(以下、松村):アナログな表現がいいと思っています。生命そのものから発光する様子を表現するために、敢えてセルを半透明に仕上げ、その下に光源を置いて光が透けるようにする技法も考えています。

遠藤:発光をどうコントロールするのかという部分に期待するとともに、深海生物に詳しい人が絵の光り方を見ただけで何かわかる程の表現まで仕上げてほしいです。イメージでしか描けないながらも、実際にその営みが行われていないとは言い切れないような理論武装がほしいですね。

松村:マッコウクジラが捕食するという話に未知の神話のようなものを当て込んで、マッコウクジラとダイオウイカという異なる種の食べる行為を「子孫を残す、命を繋いでいくこと」だと見立てています。イカの発光する身体がクジラの体内に取り込まれたり、その後のイカの産卵シーンは星空のメタファーであるなど、モンタージュに繋がるファンタジーのようなものを表現したいと思っています。

遠藤:いいですね。

野村辰寿(以下、野村):ダイオウイカが実際にどう光るかという学術的な検証のようなものというよりは、生物的なリアリティ感。見たことがないけどありえそうだということを描ききれたらすごく魅力的なアニメーションになると思います。
光源を作る方法で面白いアドバイスが遠藤先生からもありましたが、アナログ的な多重露光も用いてもいいんじゃないでしょうか。奥行きの表現が重要な本作には合っているかもしれません。

松村:合成は自然な感じで表現できれば要所で活用していこうかと思います。

動きと質感

野村:ダイオウイカの有機的な動きの表現は、ユーリ・ノルシュテイン作品の関節の動きのように、点でつながっている切り絵をストップモーションで動かす方法というよりは、動画として描いたセルをカットアウトしたものを置き換えて撮影していくという感じですよね。

鋤柄:やり方としてはそうです。ただ、セルを細かくカットするとどうしても断面が光ってしまうので、もしかしたらカットはせずに贅沢に余白を残したセルを使うかもしれません。

松村:まだ実験はできてないですが、画材のメディウムなどを使うことで、イカの「ぬめり」の感じは出せるかもしれないという話はしていたので試そうと思っています。

野村:セルの片側がフラットでも、もう片側に起伏があるようになると、レンズ効果みたいなものができてアナログ独特の歪みのおもしろさも出ますね。

遠藤:光り方もいろいろあって、アクリルのような樹脂板の断面から光を当てて、面の部分に引っかき傷をつけると、傷つけたところだけ光って見える効果も使えそうですね。傷のつけ具合で色も光も変化する可能性だってあります。

野村:どういう素材でどう描くか、どういう技法でどう光らせるかで見え方がすごく変わってきますね。

松村:そうですね。クジラを描くイメージはできているのですが、ダイオウイカはこれからの作業になります。

遠藤:クジラは光るんですか?

松村:深海のマッコウクジラの口の中を白く表現しているのは、実際にその部分が光に見えることで獲物を誘っているという説があるからです。
作品の中でクジラが太陽を飲み込むシーンがあるのですが、口から太陽の光が漏れるときに、クジラの口を少し発光させた方がきれいじゃないかと思っています。

野村:マリンスノーだったり、プランクトンだったり、クラゲだったり、深海の中で量のあるものを動かすことがすごく効くような気がしています。闇の世界は対象物がないから、空間を感じさせる要素として、こういった光の扱いなどが具体的に必要になってきますね。
あとは、イカは光の描き方でディテールも描ける気がするんですけど、クジラも質感がわかるカットがあると存在感が立ってくるような気がします。

松村:マッコウクジラの身体はうねっているというのを本で読んだので、そこはうまく表現したいと思います。あと、長く生きているマッコウクジラほど吸盤の跡やクジラのオス同士で争った傷がつくので、体のどこにどういう傷があって……という見せ方は、ストーリーを考えつつやっていきたいと思っています。

野村:はじめにキャラクターデザインとして考えるくらい、設定を決めてから作業に入る必要がありますね。

マルチプレーンで撮影された鋤柄さんと松村さんの作品『While The Crow Weeps ―カラスの涙―』(2013)の予告編
(第17回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門新人賞)

―これからテストを繰り返して、8月から本格的に素材の準備を始めるという鋤柄さんと松村さん。9月の中間面談では「どの素材をどう用いて表現するか」の報告があるとのことですので、楽しみに待ちたいと思います。