これまでガラスを積層した撮影台を用いたマルチプレーン技法によるアニメーション作品で、自然の中で生きる生命を描いてきた鋤柄真希子さんと松村康平さん。新作のアニメーション作品『深海の虹』では、深海の神話を描いていきます。

担当するアドバイザーはアニメーション作家の野村辰寿氏と東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授/日本デジタルゲーム学会理事研究委員長の遠藤雅伸氏です。

リサーチから表現へと繋ぐもの

―初回面談はSkypeでの参加だった鋤柄さんと松村さん。初めてアドバイザーと対面することになった中間面談は、リサーチとしてJAMSTEC(海洋研究開発機構)の技術研究員、藤原義弘氏のもとへ取材に行った話からスタートしました。

鋤柄真希子(以下、鋤柄):JAMSTECでは最初に、深海の光に関してお話しを伺いました。深海は圧倒的に青の光が多いそうなんです。青色の光は敵をびっくりさせたり、餌をおびきよせたりするための場合が多い。対して赤色の光は餌を探すための光で、自分だけが見えて敵から発見されにくい光なんだそうです。だから赤色の生物が多いのだそうです。

野村辰寿(以下、野村):なるほど。当然、作品の裏付けとして科学的・生物学的なことは大事ですが、最終的にビジュアルとしてどう表現にしていくかですね。その考証、考察から何を拾い上げて、何をポイントに表現にしていくかというところだと思います。

鋤柄:はい。表現の実験としては、以前に作ったダイオウイカの描写の濃淡を変えたり、描画方法自体を変えたりして実験しています。今回の作品では、パソコン上で合成する方法と、マルチプレーン上でレイヤードさせていく方法と、2つの方向で考えています。

松村康平(以下、松村):光の表現としては光ファイバーやLED、そして蓄光塗料を用いた表現を検討していて、それらの光を混在させるのか、あるいはどれかに集中させるのが良いのかを実験しています。

蓄光塗料を用いた表現のための試作画

エンターテインメント作品としての嘘の重要性

野村:有機的な軟体動物の動きのなめらかさや自然さを描きつつ、素材となる作画もしないといけないことを考えると……作業がなかなか膨大で手ごわいですね(笑)。あとは、全編でフラットに光が当たると映像の中の空間性がなくなっちゃいますよね。部分的に明るくて闇に消えていくというような表現、光の明度で空間性をつけるとおもしろい。闇の中から出てきたり消えていくような奥行き感があるといいですね。

松村:そうですね。僕が参考にしたいなと思っていたのが、『11’09”01/セプテンバー11』というオムニバス映画で、『バードマン』のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が音と暗闇ですごくいい表現をしているんです。最初に暗闇からはじまって、一瞬パッと映像が映るんです。その映像が映っている時間が一瞬から数秒と長くなっていく。その映像が理解できるにつれ、人々が戸惑っている音や救急車、電話などの音がわかってくるんです。今回の作品では、暗闇の中で光ったものが横切るシーンなど、効果的に暗闇を演出することを考えています。

野村:深海だから光源がないので、発光体からの光という見え方にならないといけませんよね。

鋤柄:生物自体が微弱に発光している状態を表現できたとしたら、とてもきれいになるだろうなと思いつつ、まだそこには辿りつけていないんです。

松村:鯨骨生物群集(*1)でミノエビという発光液を出すエビがいるらしいんですけど、その他に発光生物がいないんです。JAMSTECにリサーチした結果、深海の光は青が多いとわかりましたけど、作品では暗闇の中での色彩豊かな世界を描きたいので、どこまで嘘をついていくかですよね。

*1 鯨骨生物群集(げいこつせいぶつぐんしゅう)……深海において沈降したクジラの死骸を中心に形成される生物群集のこと。

野村:生物学的な再現というよりは、ひとつの映像エンターテインメントですね。リサーチで調べた様々な種類の発光生物、発光植物を並列的に見せるだけではおもしろくないので、現象の再現をして、ひとつの自然の中にあるであろう美しさを、より強調した形で再現するということですよね。

遠藤雅伸(以下、遠藤):かなり意図的に光っているという状態を作っても、おそらく普通の人は知らないと思うんです。そこで深海に詳しい方が「深海ってこうだよね」と作品に対して一言言ってくれれば、かなりの世界を作ることができると思います。クラゲなどには虹色に光るものもいて、そういうことを知っている人は意外と多いと思うんですよね。

鋤柄:そうですね。発光生物だけど実際に発光したところは誰も見たことがない生物もたくさんいるので、自由にやっていいんだなと思っています。

野村:先ほど鯨骨の写真を見せていただきましたが、あれは当然ライトで照らされているんですよね。ただ、今回はライトがない世界の中で光源が動くことによっていろんなものが照らし出されていくわけですよね。海底に大きな鯨骨があったりするのを動く発光体が照らしていくという表現は、ひとつの見せ場になると思います。

遠藤:光るものが後ろにあって、シルエットで形が見えるとか、何かが動くと青く光るみたいな表現を使って雰囲気を醸し出せるといいですね。すごく大変そうですけどね(笑)。

大きさを演出する

野村:今後の計画として、実質的には撮影に入るための素材準備や手法の最終的な選択など、見た中でカットごとの振り分けをしながら、撮れるものを撮りはじめるという感じですよね。あとは、ダイオウイカの巨大さをどうやって出すか。対象物や大きさを表すものが必要になると思います。最終的には鯨の登場で大きさは出ると思うんだけど、ダイナミズム、スペクタクルとしてのネイチャーエンターテインメントをどう演出するか。

松村:やはり小さいものとの対比ですよね。

野村:小さなイカを出すのはひとつの手ですね。普通の小魚を撮って、それを食べるダイオウイカが出てきたら、大きいと思うだろうし。

遠藤:普通のイカを捉えた後に背景に大きなのが出てくるとか、それこそ『スターウォーズ』での演出のように、皆が知っているそれまでのシリーズの大きさ感を利用しつつ、それよりどれくらい大きいかを見せる。思いついた演出は派手にやっても大丈夫だと思います。案外、「あ、そんなものか」という感じで終わっちゃいますしね。

鋤柄:いつもサービス精神が足りないと言われるので(笑)、がんばります。

―リサーチと実験を並行して行いながらも、いよいよアニメーションの実制作に入っていきます。次回の面談では途中経過の映像を見せていただける予定です。