スライムを触って楽器のように音を奏でるサウンドデバイス『Slime Synthesizer』で、第18回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門にて新人賞を受賞した佐々木有美さんとドリタさん。今回取り組んでいる作品は『Bug’s Beat』というバイオ&サウンドアート作品です。虫の足音を大きな音に変換して聴くことで、虫の世界に入り込んだような体験の創出を目指します。

アドバイザーを担当するのは、東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授/日本デジタルゲーム学会理事研究委員長の遠藤雅伸氏とNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員の畠中実氏です。

作品展示のための環境構築

―今回の面談は、より作品の完成状態に近い音響環境を体験できるように、レンタルスタジオで実施されました。さらに本作は、2月11日から20日に行われる第8回恵比寿映像祭へ新作『Bug’s Beat』の出品が決まったそうです。現在は作品の完成に向けて、より具体的な展示イメージを構築している最中です。

ドリタ:2月の恵比寿映像祭に向けて、虫の確保と温度管理、什器の制作、機材などの設計を大急ぎで検討しています。

佐々木有美(以下、佐々木):虫については、展示期間中に成体を切らさないようにしなければいけません。温室だったら虫がいるかもしれないと思い、都内の温室を片っ端から当たってみたのですが、東京都の温室は東京都条例で虫などを譲渡してはいけないことになっているようなんです。それで、私の母校の東京農業大学に聞いてみたところ許可が出て、昆虫を研究している先生にお願いしてみたところ、いつでも虫を取りにいってもいいということになりました。ゴミムシダマシとカメムシを提供していただく予定です。あとは、アズキゾウムシもいただけるかもしれないので、今度音を聴いて様子を見てみようと思っています。クワガタは継続して飼っているのでクワガタも展示できればと思っているのと、私たちのほうでも急ピッチで虫を捕まえているので、2月の虫の確保はできそうです。

ドリタ:あとは、什器を早急に作ろうと思っています。試作品を作ったので、今回は実際に音を聞いていただこうと思っています。

―試作品を実際にアンプとミキサーにつなぎ、虫の音を視聴します。

ドリタ:構造としては、下に針先だけ見えるようなスポンジと耐震ジェルが入っています。中にはプリアンプと照明系、吸音材を入れて、冬だけではなく夏の展示も考えて設計しています。

佐々木:2月の展示では、自動的に聴けるような環境を作ろうと思っています。

ドリタ:実際の什器の制作は、東京都現代美術館で展示された大友良英さん作品『without records』の什器が、下がかなり重い鉄板でできてきてかなり振動しにくい安定感のあるものなので、すでに検証ができていることもあり、その什器を制作した会社におまかせしたいと考えています。

微細な音を聴くための設計

ドリタ:全体の設計としては、3台を制作してMax/MSPで制御しつつ、自動演奏する予定です。ただ、まだ音にパワーがしないので、指向性の高いスピーカーを制作している会社に行って、平面波スピーカーとデザイン性に優れたパイプラインというスピーカーで実験させてもらいました。そうしたら虫の触角が動いている音と足音の違いがわかるくらいのクリアな音が出たんです。ただ、ハウリングが起きてしまうので制御しなくてはいけません。1bitプリアンプで音をどれだけ増幅できるかを調整したいと思っています。

佐々木:現在のプリアンプから平面波スピーカーで出すとホワイトノイズがかかってしまうので、プリアンプとマイクを考え直す可能性が出てきました。マイクとアンプが変わると什器も変わって仕様も変更する可能性があります。

遠藤雅伸(以下、遠藤):マイクまでのラインが長いのと、ケーブル自体が細いですよね。

畠中実(以下、畠中):そうですね。ケーブルが細いので、ノイズも拾ってしまいそうですよね。

遠藤:アルミ箔などで全体をシールドして、プリアンプまでの信号ラインにノイズが乗りにくくすれば大分違うんじゃないでしょうか。あわせてプリアンプを変えれば、かなり変わりそうですよね。

畠中:やはり、制作が進んでいくと見直すべき所が出てきますが、作品にとってはいい流れではあるんでしょうね。

佐々木:どんどんマニアックな方向になっていっていますね(笑)。

ドリタ:私たちのようなただの音楽好きが、プロフェッショナルの方にアドバイスをいただいて、少しは成長できているのかなという感じがします。

虫の音をどのような“音楽”に仕立てるか

畠中:上手く虫の音が取れたとして、展示では音自体はこのままなんですか?エフェクトをかける、足の動きに合わせて他の音が生成されるなどは検討していないんですか?

ドリタ:そこはいまふたりで話しあっていて、意見が分かれているところなんです。音楽として鳴らした場合、完全にエフェクトをかけている時と生音と分けて時間で区切って聴かせたり、エフェクトのかけ方を音楽的にしたり、実験しながら決めていきたいと思っています。

畠中:什器と光、インスタレーションビューを見ると、最終的な出音をどう考えるかが一番の肝で、それをどうプレゼンテーションするかの課題がまだ残っていますよね。

遠藤:音楽として成立させることにこだわらない方がいいと思いますね。音楽とは何かという話になるじゃないですか。ある人が音楽だと思っても、雑音と感じる人もいる。

畠中:それだったら、プリレコーディングしたものとライブのふたつが同時に鳴っていて、それがダブっているくらいのほうがおもしろいのかなと思いました。

遠藤:そうですね。興味の維持のさせ方の問題ですよね。もともと録音してある音でビートを作ってサンプリングして、その上にライブの音を乗せていくというのもありですよね。

畠中:生演奏がうまく行かなかったときの補てんにもなりますよね。無理にいわゆる音楽にしないで、それでだけで聴こえ方が変わると思うんですよね。それで、ライブに焦点があたるところの演出も切り分けておくと、ここから音が出ているということもわかりますよね。そうすると、お客さんも何をやっているかもわかりやすくなりますね。

―2月の成果プレゼンテーションでは、完成版1台を披露する予定です。課題がより具体的になり、完成に向けて制作は加速していきます。