第11回文化庁メディア芸術祭にて『Mountain Guitar』がエンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出された金箱淳一さん。今回選出された企画『楽器を纏(まと)う』は石上理彩子さんとの共同プロジェクトです。人間と楽器との関係性を見直すことに焦点を当て、衣服に楽器の機能をもたせることで、楽器と人間との距離を限りなくゼロに近づけ、服のデザインと楽器の機能を相互に考えながら実用に耐える楽器の制作を行います。

金箱さんと石上さんのアドバイザーを担当するのは、東京工芸大学芸術学部ゲーム学科教授/日本デジタルゲーム学会副会長の遠藤雅伸氏と、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員の畠中実氏です。

技術的な問題とデザイン性

金箱淳一(以下、金箱):ハードウェアの部分は、初回面談の時点では検証途中でしたが、やはり水性の導電性塗料を使うと制御基板の近い部分が生地の引っ張りによって割れてしまうという現象が起こってしまいます。そのため、印刷技術の抜本的な改善が必要だったので、初回面談でもお話した東京大学染谷研究室に訪問してきました。本企画の趣旨を説明したところ、「研究室としてもこの技術のマテリアルの開発してはいるけれど、それを活用するアプリケーションがない」という問題を抱えているということでしたので、本作のプリントに関しては共同して制作していただけることになりました。

サンプルで制作したアコーディオン風の衣装を見せる石上さん

石上理彩子(以下、石上):衣装のデザインに関しては、ダンサーは4名を想定しており、うち2名はアコーディオン風のデザインを、もう2名は打楽器的な操作のデザインにしようと思っています。現在はアコーディオン風のデザインを進めていて、伸び縮みをセンシングするするセンサーを使って、広げたときに音が鳴る為の実験を進めています。ダンスの衣装としては面白い感じになると思っています。

畠中実(以下、畠中):ダンスということですが、この現状の生地よりも軽い生地になるんですか?

石上:そうですね。下にレオタードなどを着て、透明の生地を使おうと思っています。

遠藤雅伸(以下、遠藤):アコーディオン部分に芯が入っていますが、形を確保するために入れているんですか?

石上:そうです。芯を入れないとアコーディオンのような形のまま開くことがないので、2枚構造にして、その間に縫い目をつくりチューブを入れています。導電糸は接触が弱いので改良を進めています。最終的に導電塗料で繋ぐか導電糸で繋ぐかは検討中ですが、アコーディオンの部分においては導電性塗料のプリントだとプリントできる場所が固定されてしまいデザインを限定されるという問題もあり、導電糸の方が良いのかなと話し合っています。

金箱:ひとりにひとつの楽器、ひとつのデザインを割り当てることを考えています。混同しないように、なるべくシンプルな設計を心がけていきたいと思っています。

音を視覚化する

金箱:基板で受け取ったセンシングのデータをBluetoothモジュールを介してPCに送るという部分と、接触すると音がなるというソフトウェアの部分を試作してきましたので、デモンストレーションしたいと思います。

基板と導電性塗料の試作。布に描かれた黒のプリント部分を触ると音が流れる。

遠藤:接触しているということは何の値でわかるんですか?

金箱:静電容量の値の変化です。値を正確に取るために、一定時間ごとにキャリブレーションを取るようにしないといけません。ダンサーが踊っている間に汗をかくと、静電容量の値のベースラインが変化してくる可能性があるので、その部分はソフトウェアを改良しないといけないと思っています。

遠藤:いまのデモンストレーションを見ていて、例えば光るなど、音が出ている時に何らかの変化で視覚的に見せるとさらに良いと思いました。

金箱:そうですね。導電糸や導電性塗料を使う関係もあり、光を当てればかなり映えるようなデザインになるとは思うので、検討したいと思います。触れている部分がダイナミックにわかると良いですよね。アコーディオン部分のセンシングについては、曲げセンサーだとうまく値を取れない部分があるので、ゴムの中に導電体のようなものが入っているストレッチセンサーを這わせることで解消できないかと考えています。

遠藤:それはダンサーにとって抵抗になりませんか?

金箱:ゴムの張り具合は、立体生地を作る際に太さを制限しないような形で留めているのですが結構難しそうなので、懸念点のひとつとして挙げられています。ある程度余裕を持ちつつダンスの時にセンサーがずれないようにしないといけません。アコーディオンのデザインの場合は、一番効果的な留め方というのが重要になってくると思います。

楽器を身体化するためのチューニング

金箱:楽曲はミニマルミュージックを参考にしています。ミニマルミュージックはシーケンシャルに音楽が展開されるので、ダンスとの相性はとても良いのではないかと考えてました。また、編曲のアドバイザーとして知人に楽器の選択や音楽的な展開についてアドバイスをもらうことになっています。

畠中:楽器としての服がひとりひとりにあるわけですよね。そうすると、ミニマルミュージックを合奏するのって難しいんじゃないかなと思いました。全部がシンクロしないといけないと思います。あと、ダンスにも緩急があるので。

遠藤:視覚的にも引っ張られますしね。

金箱:テンポに縛られてしまうことに関しては、もう少しパフォーマンスとして練り上げる部分が必要です。そこを人間の揺らぎとしてうまく活かせるように、ダンサーとの打ち合わせが必要だと思っています。ある程度スケールを用意しておいて、でたらめな動きになってしまっても楽曲として破綻しないような構造を考えた方が良いかと思っています。タッチする打楽器は動きのイメージができているのですが、アコーディオンの方が動きとしては少しおとなしくなるので、身体の動きをどうするかもダンサーと相談したいと思います。

遠藤:もし音階を奏でるのだとしたら、ダンスという流れの中ですごく不自然になるような気がします。ただ、自然にすると、逆にそれが何をコントロールしているかがわからなくなるので、楽器感がどんどん薄れますね。

金箱:センサーで値が取れていればボリュームのコントロールも音階のコントロールも可能なので、どちらの方が違和感がないか、心地が良いかを一度プロトタイプで検証した方が良いかもしれません。

畠中:ダンサーがどれだけ踊りたいかによっても振り付けが変わってきそうですね。

金箱:この衣装と音のシステムをダンサーに渡した時に、もっとこうした方が良いなどアイデアが出てくるのが理想だと思っています。楽器は徐々に身体化されていくフローがあると思います。自分の身体に合うようにチューニングしていくなど、そういう面白さがこのプロジェクトにはあります。「こっちの方が気持ち良い」というようなダンサーの感覚を僕らの作家性よりも重視したいところもあり、ダンサーが踊りながら音を鳴らすということをどれだけ違和感なく気持ちよくできるかというのが、このプロジェクトの一番面白いところではないかと思っています。

遠藤:あとは、観客が楽器だと思うこと、踊りが音に繋がっているのがわからないといけないと思います。

畠中:振り付け担当に、振り付けが音楽になるんだというコンセプトをうまく共有して、演奏と踊るということが分離しないように見えた方が良いですよね。そういう意味では、踊るという行為がそのまま音楽であるわけだから、そこをうまく説明して、最良の振り付けをしてもらうということですよね。

遠藤:今日見せてもらった個々の試作を組み合げてみてからどうなるかですね。

畠中:最終的には振り付け、衣装、音楽という全体的な完成度が上がってないといけないのかなと思います。

金箱:そうですね。その3つクリエイティブのやり取りは厳密に行いたいと思います。

―最終面談、そして、完成に向けて、印刷や基板のテスト、楽曲と衣装の制作、ダンサーとともに行うシステムの検証作業やディスカッションなど、実制作を進めていきます。