第8回文化庁メディア芸術祭にて『Global Bearing』がアート部門優秀賞を受賞、第9回と第13回でも審査委員会推薦作品に作品が選出されている平川紀道さん。今回採択された企画『高次元空間(非ユークリッド空間を含む)における可視化に依らない作品制作』(仮)では、アートにとって未踏の地であり続ける高次元空間において、算術とコンピュータによってもたらされる表現の可能性を探ります。

平川さんのアドバイサーを務めるのは、編集者/クリエイティブディレクターの伊藤ガビン氏と、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員の畠中実氏です。

試行錯誤とアウトプットの間で考える審美性

平川紀道(以下、平川):9月初旬から3週間、文科省の定める世界トップレベル研究拠点であり、数学と物理の連携によって宇宙の謎を解き明かそうとするKavli IPMU(数物連携宇宙研究機構)のレジデンスプログラムに参加しました。10月21・22日は東京大学柏キャンパスのオープンキャンパスで平面作品を出品予定なのですが、加えて、あいちトリエンナーレの最後の週末に合わせて、10月22・23日に豊田市美術館の池の上で映像プロジェクションを行います。このプロジェクトも枝葉が広がってきているので、制作をしながら様々なことを考えることができるなと思っています。

具体的な制作としては、レジデンス期間にプログラムにインターフェイスを加えました。画像を選択し、XYRGBの5次元のうちからふたつの軸を選択し、それを軸として画像が回転します。例えば、GBの平面で回転すると色が変わる。XRを選択すると、Rの情報がX座標にsin(サイン)、cos(コサイン)の関係で変化します。ひたすらいろいろな画像で試して、どの平面を選ぶとどう回転するかが感覚的に掴めつつあります。

ただ、結果はあまりにも「普通」になります。そうなってくると、同じ画像で複数作る方が作品としての可能性がある気がします。平面作品にするにしても、同じ画像を使うと限定して、バリエーションというよりは異なる審美性があった方が良いとも思います。

意味と美の関係性

畠中実(以下、畠中):変化の過程を含めないと、どれを見ても「らしい」画像に見えてしまうという問題がありますね。レジデンスプログラムに参加した研究施設などでは、研究者は問題を解くための方法として高次元を仮定して解いていく訳ですよね。話を聞いていて、平川さんの作品は解かれるべき問題を持っていないとも言えるのではないかと思いました。何かしら問題を設定しないとアウトプットされたものが何の為に出てきたのかが判らないから、「普通」という印象に結びついてしまうのではないでしょうか。

平川:今回の作品の出発点は、オリジナルの画像が持っている美などの定量化しづらいものが変換後の画像にも保存されているのではないか、ということなんです。例えば、「beautiful sunset」という言葉でGoogle画像検索をした場合、同じような画像が検索結果として出てくる訳で、共通した何かしらの美しい要素というのを見出しているはずです。それがもし5次元で回転したあと、数学的な平面上の位置と色の値を同じ連続体の中で扱うことができるのであれば、すべてが保存されているというのが5次元ユークリッド空間での回転なんです。モチーフが何であるかというところはそぎ落とされて抽象化された、美に繋がる何かが表出してくるとひとつの成功と言えます。

畠中:それであればたくさん作らないといけないですよね。例えば、先ほど平川さんが「beatiful sunset」で画像検索した際にも、画像がロードされる前の僅かな時間に、ゲルハルト・リヒターの作品のように単色がサンプルされていたのが面白かった。そのように何かが単色で現れることだってそれぞれの画像の要素を抽象したものですよね。その単色になったものを並べてオリジナルの良さが見えるかと言うと、見えるとも言えるし見えないとも言えます。

伊藤ガビン(以下、伊藤):完全に意味を取り去ったときに美が残っているかどうかという視点で意味をあまり見せたくない。ただし、意味で画を見ていて美は残っていなかったという結果もありうる訳ですよね。例えば、ディープラーニングで「beautiful sunset」というものを学習させたら気持ち悪さと美しさの妙なバランスのものが出てきそうな気がするけど、いまのアプローチはそこじゃないですね。

畠中:「これは今までにない視覚体験だ」「これは5次元だ」という驚き、発見、応用がうまく繋がっていくと良いですね。

平川:おそらく映像はそういうものになりそうな気がしています。今は素材としてムービーファイルを使おうと思っています。静止画が時間軸に並んでいる金太郎飴みたいな状態なものを回転させる。ただ静止画が並んで時間ができたということではなく、時間も含めた立体として捉えたときに、それを回転させてに現れるものを見る。時間を含めた立体が回転していることにしようとしています。

今回、どう回転しても美しくしかならない画像をゼロから作ることができたら、5次元において本当に美というものがあるということだと思います。それを定着させる手段はXYRGBでもいいし、ムービーでXYZに時間軸とモノクロで色がついていることでもいいと思っています。

アウトプットを拡張する

伊藤:RGBというのものにはこだわりがありますか? RGBという分け方がすごく特殊だなと思います。例えば、ジョルジュ・スーラの点描は間近でみるとものそのものの色と影の色というスペキュラーとエンバイロメントという感じで、CGで物体定義するときに色の要素が分解されて描かれているような仕組みになっていますよね。彼は自分が描いた点描の絵が他の点描の絵の中に入っているなど、絵の中にもうひとつの次元が入っているみたいなことなどすごく面白いこと沢山やっている。

平川:絵の具という意味では、絵の具の数だけ次元があるとも言えますよね。

伊藤:そうですね。藤幡正樹さんがかつて言っていたのが、画像をスキャンして3次元の立体ができるとき、スキャンの解像度をどんどんあげていって4色分解のところにいくとある瞬間に全部4色に分かれる。4色で印刷されているものまで解像度が追いついてしまうと結局4色で印刷しているからその色だけしか出てこないということなんですね。あと、マンセル的な色相環は光の周波数で見ると円でないものを円にしていますよね。人間の頭の中で円として考えられるということが、脳内だけで考えられる特殊な現象のような気がします。

色相環を変換した際の見え方の例

平川:ひも理論ででてくる次元では、余剰次元は丸まっていると言われています。それは「コンパクトな次元」と言うらしいんですね。そういう意味では、色相環を使うのであれば、その中のひとつがコンパクトな状態とも考えられるので、それは全然別のものになるのかもしれないですね。

畠中:あまり結果がどうこうというものでもないから、ずっと考えて、たくさん文章を書くということでも良いと思います。今は綺麗なものやありそうでないものを作ろうとしているけど、そうでなくてもいい。今度の豊田市美術館での作品発表などのアウトプットも、ひとつの作品形ということになりますね。そういうものを交えつつで良いと思います。まだまだ試行錯誤をしているけど、とりあえず作品としてアウトプットする。作品化する場合にも完全な理論部分の整合性はなくても良い訳ですよね。そして、エンターテインメント的な要素が入ってきても良い。問題意識があるのも良いと思うのですが、実験結果みたいなものですしいろいろ試してみてほしいです。

―次回の最終面談では、10月中旬に発表された平面作品や映像プロジェクションの内容などが報告される予定です。