9組のクリエイターによる成果プレゼンテーションが、「ENCOUNTERS」というイベントタイトルでGinza Sony Parkにて2019年3月1日(金)〜3日(日)に開催されました。採択企画の紹介展示の他、3月3日(日)には国内外の採択クリエイターとアドバイザーによるトークイベントも実施しました。
今回は、国内クリエイター創作支援プログラムで制作を行ったスズキユウリスタジオの「エレクトロニウムプロジェクト」の成果発表の様子をお伝えします。スズキユウリスタジオ代表のスズキユウリさんによる発表を中心に、スペシャルゲストの松武秀樹氏(シンセサイザー・プログラマー)と岡田崇氏(デザイナー/リサーチャー)、聞き手・進行はアーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏、ソニー株式会社コーポレートテクノロジー戦略部門テクノロジーアライアンス部コンテンツ開発課統括課長の戸村朝子氏とのトークが行われました。

スズキユウリ

ロンドンを拠点に世界中で作品を発表し、『The Global Synthesizer Project』が第20回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出されるなど、国内外で活躍されているスズキユウリさん。平成30年度から新しく始まった団体への制作支援として採択された本企画 「エレクトロニウムプロジェクト」(仮)は、米国の作曲家レイモンド・スコット氏(1908-1994)が手掛けていた未完成の自動作曲装置「エレクトロニウム」をソフトウェア上で再現し、多くの人が人工知能との対話などを楽しめるプラットフォームを構築するものです。

電子音楽の先駆者、レイモンド・スコット

スズキユウリ(以下、スズキ): レイモンド・スコット氏は秘密主義だったので「エレクトロニウム」の開発にかかわる発明も一切外に出さなかったのですが、近年ご子息が資料を公開し、その功績を広めようとしています。カンファレンスも行われており、今後ますます注目が集まりそうです。今回の企画では、AIの技術を用い「エレクトロニウム」の再現に取り組みました。

─ここで、100ページにも及ぶブックレット付きの2枚組CD『Raymond Scott Song Book』を監修・解説し、レイモンド・スコット氏に造詣の深い岡田崇さんから、レイモンド・スコット氏の紹介が行われました。

岡田崇(以下、岡田): レイモンド・スコット氏は、1930年代から活躍していました。ワーナー・ブラザーズのアニメ「ルーニー・チューンズ」の挿入音楽などで、彼の音楽を耳にしている人も多いのではないでしょうか。1940年代にはオーケストラを結成します。その理由は、自宅に電子音楽スタジオをつくるためだったようです。全米ツアーを行い、資金を稼ぎました。
彼の作曲法は独特でした。楽器演奏者たちに情景を説明し、ある程度のフレーズが生まれたら、アセテート盤(レコード盤の前身である円盤状のオーディオディスク)に録音します。その中から良かった部分をつなぎ合わせて音楽をつくるという方法です。カウンターポイント(*1)という音楽理論も彼の特徴です。

スズキ: フレーズをループさせたり、パッチワークのようにつなげたりするのは、現代の音楽ソフトウェアでやっていることの先駆けではないでしょうか。

岡田: 考え方が新しいですよね。彼は、楽器演奏家をいわば機械のように捉えていたようです。
40〜50年代はテレビに出てくる指揮者としてお茶の間でも有名でした。大衆的な人気の一方で、自宅では壁一面に機材を入れて電子音楽の制作に没頭している、そうした二面性がありました。

松武秀樹(以下、松武): この時代のニューヨークで、こんな部屋をつくったとは。僕の憧れですね。

スズキ: その後、レコード会社のモータウンがつくった研究開発部門の所長となり、「エレクトロニウム」の開発に取り組みました。

マニュアルの検証から導いた「エレクトロニウム」の姿

岡田: モータウンのあるロサンゼルスに移住する際、ニューヨークの自宅スタジオは解体されたため、現存していません。部品もどんどん入れ替えていたので、とにかくモノが残っていないようです。

スズキ: 死後に妻がいろいろと処分してしまったという話も聞きました。後年、音楽家のマーク・マザーズボー氏(1950-)が「エレクトロニウム」を買い取った時には中身が全部抜かれていたそうです。今回、「エレクトロニウム」のマニュアルを読み解いて、どのようなものだったかをあらためて検証しました。

─今回制作された「エレクトロニウム」の実演が行われました。スズキユウリさんがタッチパネルの操作をしながら説明します。

スズキ: カウンターポイントを担う、タッチするとランダムにエフェクトがかかるスイッチがあります。今回、そこにAIを組み込みました。また、左側には12のスイッチ群があります。コードやテンポなど12のパラメータが即座にコントロールできるスイッチを再現しました。ここはレイモンド・スコット氏の「エレクトロニウム」のインターフェイスの中でもユニークだったところです。

松武: 感覚的な操作ができそうですね。オリジナルのデザインも受け継いでいます。シンセサイザーは、見た目のかっこよさが重要ですから。ちなみにモータウンは、最終的に「エレクトロニウム」を発表したのでしょうか?

岡田: 発表には至っていません。当時、ロサンゼルスに引っ越した時期で、何か新しいことへの夢が先行していたのだと思います。

戸村朝子(以下、戸村): 60年代のアメリカは、人間がやってきたことをこれからは機械がやるんだ、という機械化への憧れが本格化する時代ですよね。「エレクトロニウム」にも、作曲家の頭の中にあった作曲技法から生まれ出てきたようなインターフェイスの考え方がうかがえます。

未完成の部分をどこまで補完すべきか?

松武: レイモンド・スコット氏の「エレクトロニウム」は、完成したらどんなものになっていたのでしょう?

岡田: 音をランダムに展開させて、いいなと思ったところを録音できる機械を目指していたのではないでしょうか。彼の作曲法と同じことを、機械でやらせようとしたのではないかと思います。

久保田晃弘(以下、久保田): 未完の「エレクトロニウム」を再現するに当たって、どこまで作り込むべきか? これは広くデジタルメディアのアーカイブにかかわる問いでもあります。オマージュとして、未完成の部分が補完されていくという文化のあり方は大事だと思います。

戸村: すでに亡くなった方の作品をアーカイブすることに関して、スズキさんはどう思いますか?

スズキ: 私は何でもアーカイブした方がいいとは思っていません。今回は、ご子息の方が資料を公開したことと、「エレクトロニウム」を広めたいというレイモンド・スコット氏のメッセージが決め手になりました。私の専門であるデザインの分野でも、80〜90年代頃の作品はほとんどインターネット上にアーカイブされていません。この作品が、広くそうしたことについて考える契機となればいいなと思います。
今回、当初の目標は音楽家をはじめ様々な人がインターネット上で使えるようにすることでした。また、AIと人が一緒に創作できるような環境を再現したいと考えていて、それを作曲家が考えたインターフェイスで行う点を重要視しています。

戸村: ぜひ今回の調査と制作のプロセス自体も、記録に残してほしいですね。

久保田: チームで取り組んでもらったこともあって、実際に動くものができたのが何よりよかったです。

スズキ: たくさんの人の協力でここまでできました。今後は、バービカン・センター(ロンドン)で展示する予定です。この作品を通して、レイモンド・スコット氏の発明を広めることに貢献できたらいいと思います。

*1 カウンターポイント……対位法。複数の全く異なる旋律とそれらが作る和音の調和を重視した作曲技法。