東京大学多文化共生・統合人間学コース博士課程に在学しながら、VR、音楽、公共空間などをテーマに、未来の都市に必要なアートについて探る、蒔野真彩さん。2021年5月から10月まで、オーストリア・リンツ市にあるアルスエレクトロニカの研修プログラムに参加し、現地のキュレーションやプロデュースなど運営に携わるとともに、自身の企画を実施していきます。研修では、アルスエレクトロニカ・センター(以下、センター)とフューチャーラボをはじめ、9月に開催されるフェスティバルの運営など幅広く関わります。

アドバイザー:戸村朝子 (ソニーグループ株式会社 コーポレートテクノロジー戦略部門 Group1 統括部長)/畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員)

リンツに来て1ヶ月。アルスエレクトロニカでの研修

―最初にオーストリアに滞在する蒔野さんから、研修の報告がありました。

蒔野真彩(以下、蒔野):渡航して1ヶ月ほど経過しました。渡航直後の10日間は隔離期間でしたので、オンラインで研修を受け、その後はアルスエレクトロニカ(以下、アルス)のフェスティバルチームにデスクを置いてもらっています。この1ヶ月の活動と今後の予定を一つずつ報告していきます。

まずはアルスエレクトロニカ・センター(アルスエレクトロニカが運営するミュージアム施設、1996年開館/以下、センター)の研修では、「ホームデリバリーサービス」というオンラインワークショップの企画を進めています。もともとアルスではYouTubeで動画を配信する「ホームデリバリー」というプロジェクトがありますが、それを実際に学校向けにオンラインワークショップとして行うプロジェクトで、今年度からスタートしました。私は日本の中学生を対象に、プレゼンターとして90分の授業を行う予定です。すでにセンターのスタッフがオーストリア国内で実施しているので、その様子を見学したり、担当者に聞いたりしながら進めています。それから、研修用のセンター特別ツアーに参加して、いろいろな担当者の話も聞きました。1週間前にロックダウンが解除され、センターもようやく再開したばかりですが、これから始まる市民向けのイベントなどにも関わってみたいと思っています。

次に、「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」(以下、フェスティバル)では、私は今回「ガーデンプロジェクト」を担当することになりました。これは、コロナ禍で初のオンライン開催となった昨年からスタートしたプロジェクトです。世界中の各地に「ガーデン」と呼ばれるオンライン会場を設けますが、私は東京をはじめとするいくつかのガーデンのマネジメントを担当します。いろいろと教えていただきながら、実践経験がはじまっています。4〜5名のチームで80ほどのガーデンを担当するので、これから忙しくなりそうです。

そして、フューチャーラボ(アルスエレクトロニカの研究開発部門)では、マリアさんというメンターがついて面談をしながら研修を進めています。先日は、フューチャーラボ設立メンバーで現ディレクターのホースト・ホートナーさんに個別にインタビューさせてもらいました。設立時のこと、リンツ市との関係、マネジメント面など私の関心について伺っています。こうした自身のリサーチと並行して、フューチャーラボのセクションの一つ「アルスエレクトロニカ・ジャパン」のウェブサイトをアップデートするお手伝いもしています。またフューチャーラボの協力により今年の秋に松戸市で開催する予定のイベント「科学と芸術の丘」(*1)にキュレーションのサポートで入る予定です。

アルスにいるスタッフはとても歓迎してくださり、予定していなかったことにも関わることができて、とてもありがたいと思っています。こうしてさまざまな部門に広く関わっていますが、今後はできれば企業とのミーティングにも参加してみたいです。現場の苦労や問題点などにも触れられたらと思っています。今日の面談では、アートと企業の協働によって生じる問題点などについても、お伺いできたらと思います。

*1 科学と芸術の丘……2018年に千葉県松戸市に始まった、科学、芸術、自然をつなぐ国際フェスティバル。全体監修は、アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの清水陽子と小川秀明。蒔野は2018年にはインターンとして携わった。

アルスエレクトロニカを支える、企業との共同事業

畠中実(以下、畠中):とても充実した日々を過ごされていますね。研修が始まってまだ日が浅いので、これからきっと、いろいろな課題なども自然に見えてくるのではないかと思います。焦らなくても大丈夫ですよ。

戸村朝子(以下、戸村):多部門のスタッフに積極的に関わり、話を引き出す行動力も素敵ですね。いいスタートを切れたのだと思います。この面談の場では、きれいにまとめる必要はないので、大変なことや悩んでいることもぜひ共有してくださいね。アルスと企業のミーティングは、許諾が出たものには参加できると思いますが、聞くチャンスがあれば企業がアルスに参加する理由やメリット、期待していることなどを聞いてみてください。アルスが世界的なフェスティバルとして40年以上続いてきた理由の一つには、企業と協働することで経営的に維持できているという面もあると思います。

蒔野:興味があるのはそうした企業とのビジネスを行う「ソリューション」という部署です。以前は、フューチャーラボが研究とクライアントワークの両方を担っていたようですが、そこからクライアントワークが切り離されて、クライアントワークをソリューションが担うようになったそうです。オフィスもほかの部署から独立した場所にあります。企業がアルスに何を期待しているかを考えたときに気になるのが、企業側のR&D(研究開発)部門についてです。

戸村:R&Dは企業によっても違いますが、成果を5〜10年とする基礎研究、1〜2年の応用研究、数ヶ月後とする開発など射程によって変わります。短期の研究開発の目的は、いまある状況をいかによくするかという「インクリメンタル・チェンジ(漸進的変化)」。ただ、それでは「ラディカル・チェンジ(抜本的変化)」にはならない。社会を変える抜本的変化には基礎研究が必要です。アルスに参加する企業は、おそらくそこにラディカル・チェンジを期待しているでしょう。

蒔野:アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの小川秀明さんともお話ししたのですが、小川さんは社会やその時代にクリティカルな視点で行動したり形にしたりするアーティストのあり方について「アーティスティックジャーナリズム」と表現していました。

畠中:アーティストの気づきを研究者が見たときに、技術や科学の課題へのブレイクスルーになる場合もあるでしょう。その鉱脈をいかに掘り当てるかが重要です。フューチャーラボがそのアーティスティックジャーナリズムに気づいたことは、アルスが世界的なイベントになった要因の一つなのだと思います。アルスで学ぶことで、プロダクションマネージャーのような、日本にはまだあまりない新しい職能につながる可能性も感じますね。

日本のミュージアム施設との違い

蒔野:アルスは一部をリンツ市の公的資金で運営する公的機関でもあり、クライアントワークも受ける民間企業の側面も持っています。日本では、そうした例はあるのでしょうか。

戸村:アートに特化した話ではありませんが、参考になるモデルケースとすると、NPOやNGOかなと思います。NPOやNGOなどの法人では、公的な助成金の割合が決まっていますが、自身の事業も行えます。むしろ公的な資金のみの運営では助成を受けられません。つまり事業で利益があることが社会の役に立っている証明になるのです。企業と違う点は、団体の存在目的に沿って仕事を厳選していることかなと思います。

蒔野:ホーストさんのお話のなかでも、特定の団体を排除してはいないが、フューチャーラボ側にメリットがあるかどうか、ナレッジがたまるかどうかをみているとおっしゃっていました。企業の話から変わりますが、アルスのように、独自でマネタイズも行いリサーチ施設も持っているミュージアムは日本にあるのでしょうか。

畠中:山口情報芸術センター[YCAM]にはYCAMインターラボという研究開発を行うラボがありますが、そもそもリサーチラボを持つ美術館は日本にはほとんどないと思います。YCAMも公的機関のため利益を得られないという点では、アルスとは業態が異なりますね。

蒔野:そう考えると、アルスは上手に部門をきりわけているのですね。センターはエデュケーションに力を入れているように感じます。担当者の専門も教育ですし、学校の先生が無料で登録できる年間パスがあり、生徒を引率しやすい仕組みになっています。

畠中:センターの展覧会は1〜2年に一度の展示替えなので、運営に関してはミュージアムのモデルとは異なりますね。ミュージアムは年間に複数の展覧会を行いますが、センターはあまり展示替えをしないので、そのぶんまちの教育機関として機能できるのでしょう。一方、フェスティバルではアルスの目指すことを実現していて、どちらかというとミュージアムにおける企画展に近い機能を担っているのだと思います。このままぜひ蒔野さんの興味や関心をぜひ広げていってください。

―次回第2回アドバイザー面談は2021年7月後半に実施予定です。