東京大学多文化共生・統合人間学コース博士課程に在学しながら、VR、音楽、公共空間などをテーマに、未来の都市に必要なアートについて探る、蒔野真彩さん。2021年5月から10月まで、オーストリア・リンツ市にあるアルスエレクトロニカの研修プログラムに参加し、現地のキュレーションやプロデュースなど運営に携わるとともに、自身の企画を実施していきます。研修では、アルスエレクトロニカ・センター(以下、センター)とフューチャーラボをはじめ、9月に開催されるフェスティバルの運営など幅広く関わります。

アドバイザー:戸村朝子 (ソニーグループ株式会社 コーポレートテクノロジー戦略部門 Group1 統括部長)/畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員)

目まぐるしい研修の日々

―はじめに、蒔野さんから研修の報告がありました。

蒔野:以前の面談のあと、アルスエレクトロニカ(以下、アルス)の各部門のトップにインタビューを行っています。これまで10人以上にお話をききました。加えて、以前から希望していたリンツ市の職員にも話をきくことができました。市の文化政策を担当するイノベーション課に訪問したのですが、具体的な施策やビジョンを伺うなかで、アルス以外にも大学との連携やベンチャー支援など、多くの事業をしていることがわかりました。

また7月20日には、日本の中学生向けのオンラインワークショップ「ホームデリバリーサービス」を実施しました。プレゼンターとして90分の授業を受け持つのは初めての経験でしたが、コミュニケーションやディスカッションは、想定よりもうまくいったと思います。取材も受けたので、どのように日本で報道されていたのか気になっています。

それから、フューチャーラボが協力している松戸市のアートフェスティバル「科学と芸術の丘」では、アーティストとの調整を担当しています。アーティストには声がけをしている段階で、これから内容の調整などに入ります。松戸でもホームデリバリーサービスを実施する予定で準備を進めています。

いま一番時間をかけていることとしては、「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」(以下、フェスティバル)の担当です。私がマネジメントを担当する「ガーデン」(国ごとのオンライン会場)は7〜8つですが、そのほとんどがアフリカやアジアの諸国。コミュニケーションのとり方や締め切りに対する考え、新型コロナウイルスの感染状況、国が抱える問題もそれぞれ違います。わからないことだらけで手探りですが、いかに相手に近い気持ちでできるかが大事だと思いながら取り組んでいて、マネジメントの大きな経験になっています。

今日、ご相談したいことの一つに、フェスティバル後に実施予定の自主企画について悩んでいます。小予算でアルスのリソースでできるアウトプットを考え中ですが、まちづくりやコミュニティが私のテーマでもあり、リンツのまちの人と参加型のプロジェクトをやりたいと考えています。

畠中:前回の面談では、全体を俯瞰して見られないのが悩みという話もありましたが、各部門を個別にリサーチして、自分の取り組んでいることの位置付けが理解できてきたのではないでしょうか。

蒔野:それぞれを深掘りするところまではできていませんが、各部門が何をミッションとしているかは把握できてきたと思います。

アルスとリンツ市はなぜうまくいっているのかを探る

畠中:ガーデンを担当するなかで、自ずと他部署との連携なども徐々に出てくるでしょう。リンツ市のリサーチはひと段落されたのでしょうか。

蒔野:まだスタートした段階です。先日のインタビューでは、情報をたくさんいただいたので、自分のなかで整理して、深掘りしてきたいと思っています。

畠中:リンツ市とアルスの関係性はうまくいっていると思いましたか。

蒔野:アルスが掲げる「アート」「テクノロジー」「ソサエティ」のフィロソフィと、リンツ市の掲げるイノベ―ションの目標が少しずれていることは感じています。アルスが掲げる哲学は、どちらかというと思考力を鍛える意味合いが強いですが、市はわかりやすく産業的な色合いが強いと思います。目的もはっきりしていて、失業率の高さや若者の流出を防ぐためにクリエイティブな産業をつくり雇用を増やしたい。そのずれはお互いに理解しながら、うまくやっているのだと思います。

戸村:雇用率や市民の流出入を評価するリンツ市のイノベーションの時間軸は、1〜3年といった短期のサイクルだと思います。それに対し、これまでアルスはどのように問題を受け取り、解決してきたのかを調べてみると良いでしょう。お互いの利点が噛み合ったときに、本当にうまくいったかどうかがわかります。リンツ市とアルスが、時間軸を合わせる努力をしているか、具体的な活動をしているか、それらをたどるのが良いと思います。

畠中:リンツ市とアルスの関係性は、理念の違いや支援の変更などがありながらも、「まちにイノベーションを起こす」という現実的な問題の解決法としては成功している例だと思います。それを成功モデルとして、どのような経緯があったのかを考えていく必要があるでしょう。きちんと事例を振り返り検証することが重要だと思っています。

蒔野:各部門へのインタビューで、アルスはコンテンツに関して市から干渉されたことは、これまで一度もないと聞きました。市の予算は年々減っていて、昨年はコロナもあって特に厳しかったそうです。アルスエレクトロニカ・センター(以下、センター)やフェスティバルの赤字は、企業向けのソリューションやフューチャーラボが支えたと。ただ、このままソリューションとフューチャーラボの利益だけに頼っていくのは、バランスが崩れてしまう懸念もある、とおっしゃっていました。

戸村:アルスは、助成金、寄付金、事業収入のバランスを保つ、絶妙な経営をしているのですね。インタビューでぜひやってほしいのは、相対化です。アルスが長年続く理由には、リンツの文化に対する寛容さや風土、歴史があるからかもしれません。オーストリア国内、欧州、世界ではどうなのか。アルスの独立性が担保されている理由、そのコミュニティの下に何があるのかを探ってきてほしいと思います。

蒔野:相対化、ぜひやってみたいです。まずはオーストリア国内から初めてみたいと思います。 EUは「The European Capital of Innovation/ The European Rising Innovative City」という称号をつくってコンペを行っていて、リンツのイノベーション課もそのための部署といっても過言ではありません。グランプリには文化政策への補助金が100万ユーロ(約1億3000万円)出るのです。2020年にグランプリをとったベルギーの都市は、プレゼン用のビデオで市民が多く登場し生活が見える映像でしたが、リンツではセンターやメディアアート作品が多数登場しテクノロジーや未来を感じさせる映像でした。誰のための、何に対するイノベーションなんだろう、と思ったのが正直な感想です。何が問題で、市民のために、何をどうよくしたいのか。そのあたりを改めてリンツ市の職員にきいてみたいと思います。

畠中:地方自治体にはローカルな視点が重要ですが、「イノベーション」というと、世界同時に技術的要請と社会的要請が起こります。自治体の多くはローカルなイノベーションを打ち出しているのでしょうが、アルスは世界共通の技術的なイノベーションに目を向けているのかもしれませんね。イノベーションという言葉に対して、成果をどこに求めるかに慎重なイメージがあります。
アートはイノベーションのためのツールではなく「種」だということを、リンツ市やアルスは理解しているのではないでしょうか。必ずしもアートは役立つものではなく、なかには役立つものもある、というくらいに。アルスがうまくいっている理由はそこにもあるかもしれません。

リンツ市民を対象にした自主企画

畠中:蒔野さんが企画するプロジェクトについても話しましょうか。

蒔野:冒頭でも少しお話ししましたが、自主企画の機会をいただき、市民を対象にしたいと考えています。現段階では、予算面から単発でやる規模感を想定しています。たとえば、まちの中央広場を会場に、リンツ市の人たちが持つ記憶やアイデンティティ、ローカリティを引き出すことができたら。思い出の品を持ってきてもらい、パーソナルなものでできたリンツが浮かび上がるテンポラリーミュージアムにするなど、リンツの文化を掘り起こせるプロジェクトにしたいと考えています。

戸村:誰を、どのようにしたいか、を考えると良いかもしれません。たとえば、小学生にこんなことを考えてもらいたい、とか。それらを考えると解像度があがるでしょう。

畠中:ぜひ、アルスだからこそできることを考えてみてください。必ずしもテクノロジーを使わなくてもいいと思いますが、たとえばテクノロジーがある未来を想像できることや、未来の技術と関係性を持ち得るものになるほうがいいかなと。

蒔野:今日はいろいろなアドバイスをいただけてよかったです。

戸村:複数のガーデンを担当できるのは貴重な体験だと思います。どのようにマネジメントし、ナビゲートしていくか。次の面談も楽しみにしています。大変だと思うけれど頑張ってください。

―次回の面談はアルスエレクトロニカ・フェスティバルが終了した9月末を予定しています。