さまざまな物理現象を作品化してきたryo kishiさん。第20回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門新人賞『ObOrO』、第21回エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品『dis:play(bias)』をはじめ、国内外で受賞・展示を行ってきました。今回採択されたプロジェクトでは、複数のカイトを高速で回転させて「抗い」を表現したキネティック・インスタレーションと、ドキュメント映像を制作します。

アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/タナカカツキ(マンガ家)

失敗を繰り返した開発の記録

ryo kishi(以下、kishi):一昨年にプロトタイプは制作済みで、今回は作品をサイズアップして、システムもアップデートしています。最終的なゴールは、空間演出も含めた作品制作と、世界に発信するためのPV作成です。現在は構造テストの段階で、ハードや制御システムの設計、カイトも設計と素材選びを行っています。3月の成果発表までには撮影を終えたいと思っていますが、スケジュールが間に合うかどうか。
今一番苦労しているのが、カイトの設計です。2年前は、2本の糸で細かく制御していたのですが、スピードを増したり糸を長くしたりすると制御が難しくなる。プロトタイプは完成まで2年かかったのですが、そのうちの1年半はずっと失敗続きで。2018年12月31日に突然うまくいったんです。

磯部洋子(以下、磯部):突然うまくいった理由や、再現性のあるロジックは確認できているから、おそらく同じところではつまずくことは避けられるでしょう。

kishi:そうですね。ただ今回は、逆回転への切り替えを取り入れたいと思っていて、この構造でできるかはやってみないとわからない。うまくハマるとトントン進むのですが、ハマらなければ1年半の地獄をまた味わう。今考えている構造でダメだったら、また打つ手を考えなければなりません。

タナカカツキ(以下、タナカ):その失敗の映像も面白そうですよね。

kishi:失敗映像を1年半分撮っておけばよかったですね。PVには完成作品の映像だけでなく、メイキングを見せるドキュメンタリー的な映像も収録したいです。テーマが「抗い」なので、自分が抗っている姿を反映できれば。

磯部:ずーっと失敗し続けているけれど「絶対やります」という一言が企画書に書かれていて、そこに心を動かされたのが採択理由でもあります。そこまでやりたいのであれば、すごいものをつくってもらえるのではないかと。

kishi:僕が作品化したいのは、「動きの緩急は音に見える」ということ。当初は機敏さ、音と動きの連動を考えていましたが、システムが暴走しているのをみて、テーマを「抗い」に変えたんです。ランダムに動いているのではなく、しっかり抗ってみえる表現を演出面でも増強させて、「抗ってるね」と言ってもらえるような作品にしたいです。

カイトを生き物のようにみせる

タナカ:カイトのアイデアはどこからきたのでしょうか。

kishi:屋内で楽しむ「インドアカイト」をネットでみつけて、音を感じる動きをつくるとこから始め、糸の長さや本数を試して。カイトのデザインには半年かかりました。動力に対して糸が遅れてくるので絡まってしまい、カイト側にも推進力をつけないとうまくいかないんです。海外に紙ヒコーキをラジコンに変える玩具があって、それも参考に試行錯誤しています。

タナカ:仕組みとしては推進力がない方がシンプルに伝わってきますよね。

kishi:おっしゃる通り、無い方が人工的でなくいいのですが、高さとスピードを出すとなるとなかなか難しい。無機物を有機物っぽく見せるのが好きで、『ObOrO』では発泡スチロールのボールに風を当てるだけで生き物っぽく動かしていました。

磯部:無機物に筋肉を与える作品では、一昨年採択された滝戸ドリタさんもいますね。無機物を有機物のように動かしてみせるときに、激しく抗いながらもたおやかな動きというのは制御が難しいと思います。

kishi:僕の作品は不安定さと壊れるギリギリを攻めることに定評があります。失敗は、狙った動きではないものが生まれて一瞬で消えてしまうのが面白いので、そこも記録として見せられると様になるかもしれません。

タナカ:実験映像の白いカイトもよかったですね。

kishi:暗い空間でライトを当てながら飛ばす予定です。ほかの色も試していますが、白だと軌跡がきれいに見えやすいんですよね。現在は軽量化のために、0.02mmのゴミ袋を使っています。薄くて透けた質感のスーパーオーガンジーもありますが、空気抵抗が0になってしまう。素材を組み合わせることも考えたいです。

感動的なモーメントをチームで形に

タナカ:回転や浮遊という岸さんのエッセンスはどこからきたんでしょうか。

kishi:桜の花びらが散るような自然の動きを人工的につくれないかと思いました。作品自体が、自分が感動したモーメント(瞬間)の再生機能になるような。100年前でも100年後でも変わらない、ゾワゾワとするようなものをつくりたいと思っています。

磯部:自然の中に大量にヒントがあって、そこかしこに心がハックされるような感覚なのですね。岸さん自身が5年後、10年後、どのようなアーティストを目指すかも気になるところです。

kishi:海外ではクリエイティブ・チームやスタジオでの活動が盛んで、規模もクオリティも全然違う。将来的には、チームで規模の大きなコンテンツをつくりたいです。今回は音や光の演出でのコラボレーションも考えているので、いい出会いがあればいいなと思います。

磯部:アートコレクティブならそれぞれの作風がありながらもイノベーションが生まれて、鑑賞者もチームの成長が楽しみになる。成功事例としてリードしてくれると、文化発展の面でも意義があるものになりますね。

kishi:アルスエレクトロニカで会うアーティストとは、本当にコラボしたいと思っています。交流はあっても、活動は個人なんですよね。

磯部:ゲーム業界でも、PlayStation 2までは際立ったクリエイターを中心とした精鋭で制作できましたが、規模が大きくなってくるとプロジェクトの動かし方が変わってくる。海外の人たちは幼少期からトレーニングをしているので、コラボレーションワークがすごくうまいんですよね。グローバルに出ていくには重要なスキルです。

kishi:今後そうしていかないと自分の殻は破れない。この作品制作で自信をつけつつ、コラボレーターの目星をつけていきたいです。内気なので、声掛けからがんばります。

タナカ:僕もコラボレーション憧れますよ。マンガ家も一人なので、すごく苦手です。まずは相手を褒めるんじゃないですかね、いい音だねぇって。

作品の魅力を引き出す空間づくり

磯部:3月の展示場所やPVの撮影場所は決まっているのでしょうか。

kishi:まだ決まっていないんです。実験・設営・撮影は同じ場所を1〜2週間借り切って、作品を調整して、最後の数日を展示として見せられるといいなと思っています。候補は、国立代々木競技場、LINE CUBE SHIBUYA、寺田倉庫……金額が足りるかどうかと、引き綱のとれる広い場所で支柱を避けられるかどうか。
最近は海外からオファーが来るようになったので、来年の夏以降に、海外で展示できればとも考えています。海外では作品の見栄えが大事だけれど、日本では鑑賞者の安全を重要視するので、レギュレーションが厳しく、その辺りも注意が必要だと感じています。

磯部:成果発表のときに、「日本でテクノロジー・アートをやるにはここが大変」などお話ししてもらえると、状況を変えるきっかけになるかもしれません。鑑賞者もベストな作品の状態でみたいとは思っていますが、日本では第三者が決めすぎている。鑑賞者が宣誓書にサインして入るなどできたらいいのですが。

タナカ:カイトの間を歩いて通り抜けるのもいいですよね。ぶつかったときは痛いのでしょうか。

kishi:軽量化しているので、ぶつかってもビンタされたくらいの痛さだと思います。確かにカイトが近いと怖いのですが、風や音を感じられて面白くもあります。遠くから見るだけではなく、間を通る鑑賞スタイルを検討してもいいかもしれません。

―次回の面談に向けて、カイトや制御システムの調整を行う予定です。