自然現象そのものを表現するCreative Label norは、科学者、音楽家、建築家、プログラマー、エンジニア、デザイナーなどで構成されたアートコレクティブです。アルゴリズムに従ってインクを滴下する『dyebirth』は、第22回アート部門審査委員会推薦作品に選出されました。今回採択された『syncrowd』では、振り子を用いて自己組織化現象を再現することで、視覚と聴覚の両面で「同期/非同期」を体験できます。本作品を通じ、「科学と芸術のアウフヘーベン」の体現を目指します。

アドバイザー:山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)

自己組織化を起こす仕組み

―初回面談では、Creative Label norから松山周平さん、板垣和宏さん、小野寺唯さん、林重義さん、福地諒さん、中根智史さん、菱田真史さん、瀬戸悠介さんが参加しました。

松山周平(以下、松山):『syncrowd』は、台の上に取り付けられた8個の振り子が、回転する棒に押されて動く仕組みです。この棒は振り子に弾みをつける役割で、振り子は基本的には重力で動いています。振り子の動きが台に伝わることで台も揺れはじめ、振り子と台の相互作用で、バラバラだった動きが同期していく自己組織化現象が発生します。また、振り子が振り切ったときに音を鳴らすことで、聴覚でも同期を体感できます。

山川冬樹(以下、山川):回転する棒が振り子の棒に接触するのは、ブランコを押すような役割ということでしょうか。振り子と台の複雑な関係性が自己組織化を生み出すのは面白いですね。

松山:そうです。重力だけでは、いつか静止してしまうため、動きが止まらないように取り付けています。全部の振り子の動きが同期すると台も大きく横に動き、各振り子が同期していないときは台もチグハグな動きをします。

山本加奈(以下、山本):同期したところから、非同期になっていくのはどういう仕組みなのでしょうか。

松山:メトロノーム同様、振り子の下についた錘(おもり)の位置(高さ)によって振り子の周期が変化します。現在は、錘はシーケンス(順番)に則って電動モーターで動きます、これからの課題は、音と視覚の相関性を強化して体験の強度をあげていくこと、振り子の錘を動かす理由づけです。

板垣和宏(以下、板垣):先日の展示では、同期・非同期の変化によって表れる音や動きの変化の面白さを体験できるよう8分程度のシーケンスを設計しましたが、今回いただいた機会を用いて、事前に作られたシーケンスではなく、周辺の環境の要素も取り込み、複雑で魅力的なシーケンスを生成出来るような仕組みを実現したいと考えています。

作品がもたらす独自の音楽体験

山川:現状は金属が当たるカチンという音と、楽器の音はMIDI(シンセサイザーなどの電子楽器やコンピューター間で演奏データをやりとりするインターフェース規格)で鳴らしているのでしょうか。

松山:はい。振り子の回転を取得するセンサーがあり、振り子の加速度が0になる瞬間に音を鳴らす仕組みです。8個×2で、全部で16音となります。

山川:発音はMIDI以外の可能性はあるのでしょうか。CVやGateを出力してアナログシンセサイザーを鳴らすなど、より連動している感じが出せると思います。

小野寺唯(以下、小野寺):『syncrowd』は、楽器として認識してほしいとはあまり思っておらず、自立した発音機構を目指していました。はじめは金属のぶつかる音そのもので表現できないか探っていましたが、それが音楽的な心地よさや、環境に溶け込むあり方とは合わなかったのです。アップデートによっては、物理音・デジタル音のどちらの可能性もあると思います。

山川:この作品は、これまで暗黙知として感覚的にしか扱われてこなかった自己組織化のグルーヴを、作曲の方法論として分析的に扱おうとすることで、新しい音楽を生み出す可能性を秘めていると感じます。ただその繊細な自己組織化のグルーヴを、観賞者が音楽体験として体感するには、ある程度時間が必要だと思います。先ほどは8分程度とおっしゃっていたのは理由があるのですか。

小野寺:現在の装置だと、8分程度で同期/非同期のバリエーションが尽きてしまうのです。音響面を変えていくには、ハード部分から変えていく必要が出てきます。

山川:一晩中聴いたときにどんな音楽体験となるのか、興味がありますね。開館時間の制限なく、いつでも入れて好きなだけいられる展示にするなど、『syncrowd』が生み出す音楽を活かせる枠組みづくりも視野に入れてみてはいかがでしょうか。

小野寺:そうですね。1日中音が鳴っている状況にできると、目指すところに近づけると思います。

山川:起きている現象を、その場ですべて把握はできないと思います。スコアを見ながら何が起きていたのか、視覚的に追体験できれば面白いですね。

小野寺:グラフィック・スコアとともに見せたいですね。環境とのインタラクションによってスコアが生成され、常に新しい音楽が生まれていく様子を見せられるのであれば、新規性もあります。

自然界における自己組織化の心地良さ

林重義:プロトタイプの展示では、どこか自然を感じるところがある、焚き火に似ていると体験者の方に指摘されました。はじめにメトロノームで実験したときも、その音が馬の蹄(ひづめ)のリズムに聞こえたのです。そこで、受け手によって感じ方が変わるような、作品音楽と自然の中間領域を目指しました。イワシの群れや蛍の点滅は人間の介在で変化することがあるそうで、そうした揺らぎもインタラクションとして取り入れていきたいです。

松山:蛍は、周りの蛍が光っているのを見て自分も光り、それが全体化していきます。この振り子を一つの個体と考えたときに、どういった振る舞いで全体と関係付けられるのかも大事な論点です。

山本:自己組織化に関しては、人間や生き物は自己組織化したいのか、ランダムに同期/非同期になった時に感じる差異など、興味が尽きません。norさんは、自然法則を作品に落とし込む完成度が高いので、この作品でも、さらに深みを増していってほしいです。体験の強化としては、振り子8個で1セットとして、それを拡張していくのでしょうか。

松山:1セット分の本数を増やしても良いし、複数のセットが異なるアンサンブルを奏でるのも良いですね。本当は音楽的・視覚的に考えるとテンポを遅くしたいのですが、そのためには振り子を大きくして錘を重くする必要があって、制御が難しくなってしまう。あの8個を同期させるのにも、半年以上かかっているんですよ。

山川:ノモス(法律・規則)とピュシス(自然)の戦いですね。

松山:オープンスタジオ形式か展覧会形式か、パブリックに開かれた24時間の鑑賞体験とするのか。展示の仕方によっても強化方法が変わってきます。

norの目指すところ

福地諒(以下、福地):norが一貫して意識しているのが、鑑賞者にとって、作品を囲んで話し合う時間が一番楽しいということ。表現した自然現象をすべて説明してしまうと思考が停止してしまいます。ですので、考える余白をつくって何時間もいられる環境をつくりたい。今はメンバーで落としどころを探っています。

板垣:鑑賞者のエモーショナルな部分に働きかける作品をつくることが大切だと考えています。鑑賞者と対話するコミュニティや機会設け、原理や現象に興味を持ってくれる人がいたら対話などを行い、作品をさらに発展させていきたいです。

松山:作品が鑑賞者に影響を与え、鑑賞者からフィードバックをもらう。それを一つのコミュニティとして成立させることで、チームも成長できるのではないかと考えています。
norのメンバーには、作品をつくる音楽家やプログラマー、エンジニアもいれば、人に伝えるデザイナーもいます。それぞれ得意なスキルはあっても、とにかく気づいた人が手を動かし、アイデアを出し合います。そうしてチームメンバーは徐々に増えていきましたし、これからも増えていくでしょう。

山本:日本には、こういう組織はあまりないと思っていました。チームで素晴らしい作品づくりができているのには感動しました。対話エリアも、今までに培ってきたチーム内でのコミュニケーションが反映されたものにできたら良いですね。

福地:前回の展示では実現できなかったのですが、例えば焚き火やシーシャを置いても良いし、パソコンを置いて会場にきた人がいつでも、チャットサービスを使いnorのメンバーと会話する。そこで、鑑賞者から来た問いに関して、議論が起こっている様子をそのまま見せるのも面白そうですね。何か、鑑賞者やメンバーの思考を派生させていく仕掛けができたらと考えています。

―次回の面談に向けて、作品の魅力を活かした具体的な展示方法を模索する予定です。