音響演出や作曲活動と並行してサウンドオブジェクトを制作する佐久間海土さん。第24回アート部門新人賞『Ether – liquid mirror』では、測定した鑑賞者の心拍音で鏡を震わせ、鑑賞者に自身の「生」を感じさせました。今回採択されたプロジェクト『TIME – liquid CUBE』では、鏡のモチーフを多面体へと展開させ、複数人が同時に体験できる作品を目指します。

アドバイザー:磯部洋子(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)

心拍と震える鏡像

佐久間海土(以下、佐久間):僕は母がブラジル人画家、父が日本人陶芸家というマルチカルチャーな家庭環境で育ちました。大学で脳と音の関係を研究したのち、音楽関係の仕事をしていて気付いたのが、スピーカーでは超えられない壁があるということです。リアルな楽器や人の声にどこまで近似できるか、リアルとは違う聴こえ方はできないものか。さまざまなものを振動させて音を物質化する実験を行ってきましたが、鏡が一番しっくりきたんです。コロナ禍において、友人や親族の死を経験し、コロナの死亡者数を毎日見ていくなかで、人の「生」に目を向けるようになりました。今回の作品では震える鏡を見ることで、自分の実在を感じることができるのではないかと。プロジェクトの舞台となる神社には、採択の決定と展示プランは伝え、許可もいただきました。9月の第2週くらいに現地へいき、展示時期や場所の打ち合わせを行う予定です。

磯部洋子(以下、磯部):作品の体感はヒーリングになるような、落ち着いた感じなのでしょうか。

佐久間:受賞作では一対一の体験で、計測している心拍数を返すことで鑑賞者の心拍数はどんどん上がり、発汗量も増えます。それなのに鑑賞者の評価としては「落ち着いた感じ」がしたそうで、生体反応とは真逆で、そこが面白いなと感じました。今回は鑑賞者の心拍数のセンシングをするかは詰めきれていません。体験を躊躇してしまうのではないかという不安もあります。

磯部:まずは、表現として何を鑑賞者に持ち帰ってもらうかに寄せて考えて良いと思います。

山川冬樹(以下、山川):鑑賞者の心拍をとって視覚的にフィードバックされるのは、体験として強い印象になりますね。鏡を通した自分の姿が歪んでいくのも、自分の存在を強く感じる仕組みでもあります。今回の作品は展示方法によっても印象が変わりそうです。

心臓の鼓動と鏡のモチーフ

磯部:作品の制作に関して、不安なところはありますか。

佐久間:流す音の方向性ですね。展示予定の神社では1時間おきに厄払いの祈祷があって、読経の声や太鼓の音が聞こえるんです。そういった音の環境に対してどういう音を流すのか。滞在時間やタイミングの異なる参拝者たちに、どう接してもらえば良いのか、などです。

山川:ブラジルは音楽が豊かな国ですが、佐久間さんも子どもの頃にはサンバに親しんだのですか。

佐久間:母はリオ出身で、サンバのカーニバルにも行ったことがあります。4〜5歳くらいだと、音が大きすぎて具合が悪くなりました。これまでの音楽体験のなかでも、自分のヒストリーに組み込まれる大事な音です。

山川:佐久間さんの個人史のなかでも、ブラジルは重要な影響があったのだと想像しました。屋内であればチューニングによってより良い音響体験を演出できますが、屋外では外界からの情報量が多いので、鑑賞体験が「鏡が動いている、すごい」で終わってしまう可能性もあります。

磯部:サンバの音のような心拍音を屋外で、しかも神社の境内では難しいでしょう。「この面白い現象をこうしたら表現できるのでは」という仮説が決まっていれば、それに最適化された展示環境を選べばいいと思います。けれど現状は、仮説より先に場所と方法が決定していて、まだ表現したいものがふわっとしているかもしれません。

山川:鏡と聞いて、インドの脳科学者V・S・ラマチャンドランがメルロ=ポンティの思想を応用したリハビリ方法「ミラーボックス」が思い浮かびました。鏡のモチーフにはさまざまな意味がありますが、この神社にも鏡はあるのですか。

佐久間:もともと皇室や八幡系の総本山にも近しい神社で、三種の神器ともゆかりのある場所だそうです。神社の方に興味を持ってもらったのも、鏡が「八咫(やた)の鏡」のように円形だったことでした。円形のアイデアはスピーカーや音の波形からきています。正方形では四隅に振動が届かないけれど、円形は全体に振動が行き渡るという理由もあります。

山川:鏡は普遍的なメディウムでもあり、佐久間さんが大学で学んできた脳科学、昔の人の鏡への意識、それがサイトスペシフィックな意味でもつながってくるのでしょう。心臓の鼓動も普遍的・象徴的なモチーフで、これまでもさまざまな作品に使用されてきたので、心臓の鼓動にどのような意味や価値を感じているかを考えたうえで作品化する必要があると思います。鏡と心拍音、どちらのモチーフも、リサーチして掘り下げる余地はあるでしょう。

鑑賞者にどんな球を投げるか

磯部:今回の舞台となる神社の文脈と作品との絡みを深掘りして、そこに寄せる表現をすれば、佐久間さんの意図が鑑賞者に届きやすいのではないでしょうか。

佐久間:はい、神社の長い参道を歩いて作品を見てもらうので、その必然性も含めて伝えたいことの整理は必要だと感じました。鏡を振動させる手法は変えずに、現状のプランを解体して必然性のある形にしなければと思います。

山川:参道から作品に至る動線は、物語として、作品の本質に関わる重要な部分です。僕自身、作品をつくるときには鑑賞者が家から展示室まで来て、どういう風に視覚に入ってくるかイメージして展示空間をつくっています。少人数で静かに対峙してもらうプログラムを組んだら、体験の質が変わってくるでしょう。

佐久間:いままでは作品の見え方や聴こえ方にフォーカスしすぎていて、流す音の文脈まで決められませんでした。この機会に、半年かけて音に向き合うことで、作品のコンセプトを考えるトレーニングになるのではと感じています。

山川:作品は、ただ知覚的に受け取られるだけでなく、歴史的な文脈や個人史との関係で解釈が変わってきます。モチーフやメディウムがシンプルな分、どこに球を投げるのかは考える必要があります。例えばですが、過去に録音された音はライブではなく、かつてライブだった音。死者の声を再生するようなものとも捉えることができます。作品から流れているのが佐久間さんのご親族の音声だと知ったら、鑑賞者は自分の親族を思い浮かべながらその音声を聴くかもしれない。鑑賞者がどう感じるのかはテクニカルな操作で変わってきます。

磯部:佐久間さんにとって、友人やご親族の死が「心拍音が世界の見え方を変える」という発想のオリジンになった。その心拍音をベタに使わない独自の方法論を見つけることが、ジャンプアップになるのではないでしょうか。

本気で伝えたいストーリー

佐久間:ドバイのアートフェアでトークイベントがあったときに、欧米系の作家たちのストーリーテリング、個人史と社会史の混ぜ合わせ方がうまいと感じました。僕も社会史を意識しないと、深みが全然足りない。どこまで本気になれるストーリーを伝えられるかも課題です。

山川:どのくらい本気なのかがすべてです。いい作品は嘘のないところから滲み出てくるものだと思います。選考の面談の際、新潟から鏡を持って来たところに佐久間さんの本気を感じました。

磯部:企画書に「人生を賭けています」と書いていたところが、選んだ理由でもあります。思考の積み重ねや表現の完成度は、本気のときにしか出てきません。

佐久間:本気で伝えたいことが何か、手を動かしながら考えられるといいのですが。

山川:伝えたいことの前に、自分がそれをつくらなければならない動機があると思います。学生のプレゼンや審査では、その動機を言葉で説明することを求められますが、作品を介して作家と鑑賞者がつながるときに、必ずしもそれを逐一言葉で示す必要はないでしょう。作品をつくる動機が個人的なものでもいいですし、すべての鑑賞者にわからなくてもいい。ただ、ナイーブに見えてしまうのは良くないと思います。自分の世界観や生命の実感、それと鑑賞者の感覚が、どうやったら響きあうのか。悩みながら、リサーチしながら、七転八倒しているうちに、最適なしつらえがきっと見つかるはずです。

―次回の面談に向けて、コンセプトにあった展示プランを練り上げる予定です。