酒井康史さん、竹田聖さん、片野晃輔さんの3人のメンバーで構成される生麩製作委員会。文化庁メディア芸術祭では、酒井さんの作品『lmnarchitecture.com』が第18回エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選出されました。今回採択されたのは、以前からプログラム制作などを進めている『namaph』と題したプロジェクト。都市計画の影響を予測して可視化するツールを制作し、合意形成を支援するものです。

アドバイザー:タナカカツキ氏(マンガ家)/磯部洋子氏(環境クリエイター/sPods Inc CEO/Spirete株式会社COO/Mistletoe株式会社プロデューサー)

持続可能な都市のため、多様な専門分野を生かす

―初回面談は生麩制作委員会の酒井康史さん、竹田聖さん、片野晃輔さんが出席しました。

酒井康史(以下、酒井):普段は都市とテクノロジーについての研究をしています。持続可能な社会のあり方が問われている今、都市開発においても問題を解決するべく手段や方法が多数考えられてきました。しかしいずれも効果的なアクションに踏み込んでいるとは言えません。まちづくりの合意形成の場では利害関係者や専門家、住民などが共に問題を解決しなければなりませんが、そのためには専門知識が必要です。そこで今回のプロジェクトでは、プログラムを用いて情報を可視化し、専門知識の理解を支援するためのプラットフォームをつくっていきます。専門分野の異なる片野さん、竹田さんとコラボレーションするかたちで、各メンバーの分野を生かしながら進めていければと思っています。

片野晃輔(以下、片野):私は生物学が専門です。合意形成における人々の関わり方の履歴が、生物的で興味深いと感じていました。ただ、いくつかの合意形成の現場を経験した結果、アナログで処理するには情報量が多すぎて限界があると感じました。そこで、高校時代からの知り合いである竹田くんとともに、ツールの開発などを行いました(初代『namaph』)。そうした経験を基に、今回、酒井さんの知恵を借りながら新たな『namaph』を制作できればと思います。

竹田聖(以下、竹田):私は企業で機械学習のエンジニアをしています。以前、プログラミングといった難しい概念を中高生たちに伝えるための活動をしていたなかで、概念を理解しなくてもプログラミングができるようなツールを開発しました。後ほど説明するプロジェクトに関わった際も、生物多様性に対してのリテラシーを持つ人は少ないことに気付きました。そこで、専門知識がない人でもアクションを起こせるように『namaph』というツールをつくりました。

梅田駅の再開発に生態系をシミュレーションする

酒井:今回、プログラムやアプリケーションなどのツールだけではなく、ワークショップやコミュニティなどの無形のものも含めて作品として考えたいと思っています。

―画面共有によるデモンストレーションを行い、初代『namaph』が詳しく紹介されました。

竹田:初代『namaph』は、都市の再開発プロジェクトの一環でどう緑地を植えるとどう社会に影響を及ぼすのかを直感的に説明するために作成しました。植物を植えることで、周りの生態系にどのような影響があるかを3つのパターンで可視化しました。それぞれ2020年から10年ずつ150年のスパンでシミュレーションしています。ひとつめは、三角形の公園の中央だけに植物を植えた場合。15年後くらいに公園全体に植物が広がりますが、周辺には伝播していきません。次に、電鉄と協力して、駅の線路に植物が伝わって生えるように植えた場合。最初の15年は先ほどと同じような広がり方ですが、植物の範囲が駅まで到達すると、線路を通じて植物が広く伝播していくことが分かります。最後に、オフィスにプランターを配置するなどして街ぐるみで植物を育てた場合、最初の15年から一気にエリア全体に植物が増えていきます。このときは生態系という指標だけで行っていますが、ほかにもさまざまな指標をもとにシミュレーションできます。

タナカカツキ(以下、タナカ):都市の中心地域に植物がじわじわと増えてくる様子に、既にアートを感じました。都市のデザインには、芸術の要素がまだふんだんに眠っていると感じます。今回のプロジェクトは、試み自体に価値があるので、まずは制作を進めてほしいです。問いかけが大きいことがまず興味深いです。大きな視点で捉えながら、それをお茶の間まで引き下ろしてくれる点が楽しみなプロジェクトです。

磯部洋子(以下、磯部):従来型のアートでは想像ができないことに取り組まれているところが興味深いです。社会に新しいアートを実装して世の中の価値にしていくための方法などを議論しながら、作品表現について一緒に考えていきたいと思います。

片野:これまでのスマートシティ系のプロジェクトは技術が先行しがちで、文化醸成に対してほとんど言及されないのが現状です。『namaph』がまちの特徴について語るための共通言語になれば、文化醸成の架け橋になる可能性もあると思います。

磯部:文化醸成を考慮していない都市が生まれたとしたらショッキングなので、スマートシティの計画が進んでいる今がまさに勝負どころかもしれません。ちなみに今回のプロジェクトの対象地や作品鑑賞の対象者などはどのように想定していますか。

片野:私は仮想の都市(例えばリサーチチーム「METACITY」による多層都市「幕張市」など)が候補に挙げられると思います。今までの経験を踏まえると、現実よりも仮想の空間の方が、関係者全員「プレイヤー」として関われるのではないかと思います。件のプロジェクトでも、初めは仮想の空間をモデルにして参加者全員の理解と納得感のある合意形成へとつなげる予定でした。まずは小さな空間を対象地にして、長期的に更新していければと思います。

竹田:対象者は、仕事で都市開発に関わる人たち以外に、周辺住民や将来の利用者など多様な人たちを巻き込むべきだと思います。そうなると、対象地は実在の都市もよさそうです。

酒井:今後、3人で議論をして対象地や対象者を具体的に考えていきたいと思います。

ムーブメントを生み出す方法

竹田:ワークショップを開催しても、環境問題の場合は「気付き」だけで終わるケースが多いと感じます。そこからいかに行動してもらって、実際の問題解決につなげるか。そう考えたとき、ワークショップを超えてまとまった動きをつくることができたら理想的だなと思います。

酒井:アドバイザーの先生方に質問ですが、単独の作品からコミュニティを巻き込むムーブメントを生み出すにはどのようなことに気をつければいいでしょうか。

タナカ:人にアクションを起こさせるのは本当に難しいと思います。私の経験で言うと、『コップのフチ子』というカプセルトイの開発時に重視したのは、「自分の暮らしの中にそれがやってきたときに何が起こるか瞬時に想像してもらうこと」です。

磯部:今回のプロジェクトはテーマが壮大な分、長い時間が必要になると思います。仲間が増えるよう、愛されるプロジェクトになるといいですね。見る人にとっては、ワクワクしたり感情が動かされたりすることが、一歩踏み出すことにつながると思います。

―次回の面談までに、対象地や対象者を検討しながら、ツールの開発を進めていきます。