東京大学多文化共生・統合人間学コース博士課程に在学しながら、VR、音楽、公共空間などをテーマに、未来の都市に必要なアートについて探る、蒔野真彩さん。2021年5月から10月まで、オーストリア・リンツ市にあるアルスエレクトロニカの研修プログラムに参加し、現地のキュレーションやプロデュースなど運営に携わるとともに、自身の企画を実施していきます。研修では、アルスエレクトロニカ・センター(以下、センター)とフューチャーラボをはじめ、9月に開催されるフェスティバルの運営など幅広く関わります。

アドバイザー:戸村朝子 (ソニーグループ株式会社 コーポレートテクノロジー戦略部門 Group1 統括部長)/畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員)

アルスエレクトロニカのマネジメント、そのスキルと特徴

―蒔野さんから7月の中間面談以降の報告がありました。

蒔野真彩(以下、蒔野):7~9月はほとんどアルスエレクトロニカ・フェスティバル2021(以下、フェスティバル/2021年9月8日~12日)の準備と実施に全力をそそぎました。東京のほか、台北、ムンバイ、アムステルダム、エルサレムなど、結果的に7つのガーデンを担当しました。研修はあと1ヶ月ですが、やることが3つ残っています。1つは、ここにきて初めての自主企画で、アルスエレクトロニカ・センターで行う「コモンズ」をテーマにしたオリジナルワークショップです。それから千葉県松戸市のフェスティバル「科学と芸術の丘」でのワークショップの実施、最後にアルスエレクトロニカ内でファイナルプレゼンテーションを行います。

戸村朝子(以下、戸村):私も「アルスエレクトロニカ Garden TOKYO」の企画ディレクターとしてフェスティバルに参加しましたが、蒔野さんはガーデンの担当以外にも、会期中には展示の現場監督、トークセッションのモデレーター、YouTubeの番組にもでられていましたよね。

蒔野:フェスティバルでは「アルスエレクトロニカ・ホームデリバリー」(YouTubeチャンネル)のモデレーターとして、「Garden TOKYO」にも出ていた「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」の紹介をしたりしました。それから期間中には、オンラインフェスティバルのトークテーマにそったガイドツアーがあり、いくつかのセッションのモデレーターを務めました。また、ゴールデン・ニカ(トロフィー)を市長に渡す役をやらせていただき、受賞したアーティストと話す機会もあって、貴重な経験でした。

畠中実(以下、畠中):いろいろな役割を担い、さぞ忙しかったでしょう。研修は短い期間でしたが濃いものだったように思います。どんな学びがありましたか。

蒔野:研修が始まったばかりの6月は、ガーデンマネージャーを担当することになったものの、「プロジェクトマネジメントとは何か」がまだわかっていませんでした。タスクはわかるけれど、スキルやそのなかでの重要なことがわかりませんでした。最初は「たくさんのメールを書く人」という感覚でしたが、さまざまなパートナーとのやりとりを通じて、体感として徐々にわかってきて。相手によって方法やニーズも多様で、マネジメントとは人のインターフェイスなのかな、と。それが一番大きな学びでした。いくつかのガーデンを並行して担当したため、各国の特徴が顕著で相対化できたのもよかったです。ほかのガーデンマネージャーにも教えてもらいながら実践で学ぶことができました。

畠中:人のインターフェイスになるというのは、どんなマネジメントにも必要なスキルですね。アルスエレクトロニカならではの特徴はありましたか。

蒔野:今回のフェスティバルチームという組織の特徴だと思うのですが、自分で決められる裁量の範囲が大きいことです。アルスエレクトロニカのコンセプトはメディアアートに限らず、アート/テクノロジー/ソサエティと分野も幅広いので、関わるパートナーも多様です。それらに対応するために、スタッフもいろいろな国の出身者がいたり、バックグラウンドもさまざまです。

©Kyoko Kunoh

「評価」に流されず、自分の軸をもつ

戸村:課題にぶつかったときのメンターはいたのでしょうか。

蒔野:ガーデンのチームリーダーはプロデューサーでしたが、何かあると彼女に相談していました。それでも解決が難しい問題は、そのうえのディレクターにききます。ディレクターもそこまで遠い存在ではなく、組織としてはとても働きやすい構造だと思います。

畠中:自分の判断で決定したことはありましたか。

蒔野:各ガーデンが用意したコンテンツを、どのように見せるかはマネージャーの力量にもよりますので、そういう意味ではたくさんあったかもしれません。それからガイドツアーではマネージャーの企画としてゲストや内容もこちらで考えさせてもらいました。

戸村:今回のフェスティバルの責任者、クリストル・バウアーさんと二人で紹介しているガイドツアーの動画も拝見しました。わかりやすい英語でやりとりもスムーズでしたね。

蒔野:実は事前のリハーサルや撮影後の校正などもなかったので、そこは日本と違うなと思いました。

戸村:本番に対しての感覚は違うかもしれませんね。日本では連帯責任となるところを、「それはあなたの責任。あなたの領域よ」と割り切って、その場でつくっていくというのが多いですよね。もちろん、組織文化もあると思います。

畠中:順調に進んでいるようで安心しました。重要なのは、自身のどういうところを認められて任されたのかを考え、自己分析すること。自分のキャラクターを理解できれば、どこにいっても活躍できるようになると思います。言われた通りにできるだけがいいとは限らず、言われなかったことができて、そこから広がることもあります。

戸村:基礎をしっかりと身につけたうえで、自分のできることややりがいを乗せられるといいですよね。基礎がないと関わる人たちに失望が生まれることもあります。特に蒔野さんが今後活動していきたいとおっしゃっていた公共空間などは、多くの関係者が絡む領域だと思いますので、しっかりと筋トレをしたうえで、徐々にできることを大きくしていくといいと思います。

畠中:土台がないと間違えたり滑ったりしてしまうこともあるので、大事ですよね。それから、さきほど自己分析といいましたが、自分なりの評価軸をもっていることも重要です。いろいろな評価のなかで、自分としてはどうだったのかを判断できること。ここに評価されても、こちらに評価されないなら意味がないとか。自分の軸がなく、評価される方に進むだけもよくない。本当に評価されたかったのはどこかを見るようにしたほうがいいでしょう。これからいろいろな関係性のなかで活動されていくと思いますので、迷子にならないために筋トレしていってください。

「つなぐ人」として、重要なこと

©Robert Bauemhansl

戸村:これから、小さな波や大きな波、向かい風が来ることもあるでしょう。表現の世界は批評性を伴う行為なので、決して甘いことばかりではありません。ただ、そのなかで「自分はなんのために、だれのためにやってきたのか」という信念があれば、動じることはないと思います。

畠中:難しいのですが、こうした研修の末にいろいろな関係者間をうまく立ち回れるようになるのは、決していいことばかりではないのです。

蒔野:今回の経験で、私自身は歌ったり自分でも表現することも好きではありますが、それ以上に多くの表現者と、それを求めていたり足りていなかったりする人々や団体をつなぐ「コネクター」として仕事をしていきたい、と改めて思いました。それからアルスエレクトロニカでは、その信頼によってさまざまな組織や個人が参加してくれている。それを間近で見て、信頼はコネクターの一番大事な部分だと改めて思いました。これから、がんばります。

畠中:アルスエレクトロニカの展示を見ていると、アンダーグラウンドなものとオーバーグラウンドなものが同時に展示されていて、それらがお互いに影響しあい、新しいものが生み出されていることがよくわかります。一方で、日本ではこの2つが隣接したものであることがなかなか理解されないのです。コネクターという点では、この両者をつなぐことも重要だと思います。研修のあとはどのようにされるのですか。

蒔野:在籍中の東京大学の交換留学制度を使い、ミュンヘン大学(ドイツ)の文化人類学のコースに留学します。アルスエレクトロニカで培った人脈も利用して、ヨーロッパのさまざまなまちづくりも見ていきたいと思っています。

戸村:期待しています。ぜひこれからトレーニングを積んで、社会的インパクトを国内外で起こしていただきたいと思います。

―アルスエレクトロニカの研修は10月末に終了し、その後、成果発表を行う予定です。