貼り絵、切り絵などを駆使したアニメーション作品を制作している、アニメーション作家の土屋萌児さん。文化庁メディア芸術祭では、ミュージックビデオ『青春おじいさん』が第20回アニメーション部門で審査委員会推薦作品に選出されています。今回採択された企画は、日本の感覚の一つである「主体と客体の曖昧さ」を軸に『耳なし芳一』を描く短編アニメーション。亡霊や幻などの実態のないものが現実にもたらす影響について思考を巡らせる作品です。

アドバイザー:森まさあき(アニメーション作家/東京造形大学名誉教授)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手)

手の表現をさらに追求する

土屋萌児(以下、土屋):中間面談後は、ビデオコンテとアニメーションの制作を並行して進めています。

―参加者全員でビデオコンテを見た後、面談がはじまりました。

土屋:ビデオコンテをつくりながら、内容を調整しています。先日、森さんからアドバイスをいただいて、これからは芳一にとって耳が大切だったことを重視して描きたいと思っています。亡霊のイメージも模索しているところですが、友だちのように接することができても人間の情は通じない、人間の理解を越えた存在として描くのがよいのかなと思います。これらを踏まえると、「手」の表現が重要だと感じています。芳一が歩くときに周りを探っていく手や、芳一を探す和尚さんの手などの描き方を、もう一歩検討したいです。

リサーチを進めるなかで、目の見えないお坊さんが大蛇を退治する話が日本各地にあることに気付きました。人間の力ではどうにもならないものを退治するときに盲僧が活躍するという点では、耳なし芳一とも共通します。また、エチオピアには、動物の皮に文字を書いて悪魔から見えないようにするというおまじないがあることを知りました。人間の中にいる悪魔が、病んだ人間の目を通して世界を見ると考えられているそうです。もしも芳一の内側に悪魔(亡霊)が存在し、外側にいる亡霊と共鳴していたとしたら面白いと思いました。

音の制作もSUGAI KEN氏と共に進めています。登場人物それぞれが出す音を、明確に決めていくといいのかなと思っています。例えば芳一の下駄の音や杖の音などをつくって、音楽に重ねる予定です。 今後は、3月の成果発表に向けてアニメーションの制作を進めます。前半をトレーラー映像(予告編)として発表する予定です。そのほか、メイキング映像や自作の琵琶を展示したいと思っています。

触覚性を呼びおこすような「音」を取り入れる

山川冬樹(以下、山川):手の表現が重要だという話は興味深いです。今回は映像作品なので直接的な意味でそこに触覚性はありませんが、手というモチーフが触覚性を喚起するのではないでしょうか。そのときに、音も重要だと思います。座敷の畳の擦れる音や、歩くときのペタペタした音など、音によっても皮膚感覚を喚起することができそうです。そうやって映像や音で皮膚感覚を喚起することによって、目の見えない芳一の内観をより豊かに表せると思います。抽象的な音、つまり音楽がつくる世界に対して、どのくらいのバランスで具体音を入れるかは、検討の余地があります。具体音(SE)の制作はどのように進めているのでしょうか。

土屋:「雨の音」や「虫の声」などをSUGAI KEN氏につくってもらっています。ほかに、登場人物それぞれの気配のようなものを音でつくろうと話しています。例えば和尚さんの場合、草履や着物の擦れる音や着物の中に入っている数珠の音などをつくり、それらを組み合わせることで、芳一よりも動きがゆっくりしているというようなことも表現できるのではないかと思います。

山川:琵琶の音について、シーンの最初では座敷の部屋鳴りや具体音を重ねて現実感を出し、その後、物語の展開に合わせて徐々にリバーブをかけて抽象化していくというように、具体と抽象のグラデーションをつくるとよいのではないでしょうか。それによって観る人をより物語へと引き込んでいくための、多層的な構造を与えることができると思います。
ドラマツルギー(演劇論・演出論)に関わることについても、どの程度作中で具体的に文脈を説明するか。お経を書き忘れた耳が亡霊に取られてしまうことを、ハラハラ感と共に鑑賞者へ伝えるためにはやはり文脈の説明が必要です。つまりお経が書かれている体に亡霊がさわれないという説明描写があった上で、唯一耳にはお経が書かれていなかった、だから取られてしまった……、というような説明描写が欲しくなってきます。

土屋:全てを抽象的に描くのは難しいと思っています。鑑賞者が、耳を取られたのはなぜだろうと思いながら見ることがないように工夫したいです。

聴覚を失うシーンはどう描くか

土屋:皆が知っている題材から、自分なりに作品をつくることの難しさを感じています。タイトルも『耳なし芳一』にするか『HOICHI』にするかで迷っています。民話のアニメーション化をしたいのか、モチーフとして使ったのかによると思いました。今のところは『HOICHI』で統一しています。基本的には耳なし芳一に沿ったものをつくった上で、抽象的なものを詰め込みたいと考えています。

森まさあき(以下、森):耳なし芳一の話を土屋さん流に解釈するのは問題ありません。ただし、たとえ日本人でもストーリーを知らない人はいます。なぜこの題材を選んだのか、なぜ耳を取られたのかなどが分からないままアニメーションが終わるのは物足りないと感じました。お経を体中に書くというオカルト的な不気味さや、耳の部分だけが亡霊には見える感じは、もう少し丁寧に描いてほしいです。
視覚のない人は、触覚や嗅覚といった感覚が研ぎ澄まされているといいます。芳一は、畳の目の凹凸した感触やお香の香りなどを敏感に感じ取るのではないでしょうか。その不思議な感じや、特殊な人であるということを大切にしながら表現してほしいです。五感のうち4つの感覚のみで生きている彼が、そのうちのひとつである聴覚を失ったシーンは、もう少しショッキングに描いてもよいのではないでしょうか。

山川:森さんと僕の共通している指摘は、物語である以上、最低限のドラマ的な描き方が必要だということです。芳一の内的な世界と外的な世界(和尚さんや村人がいる世界)を、意識的に描き分けたら物語が伝わりやすくなるのではないでしょうか。その描き分けには、具体音を使うのが効果的だと思います。抽象性が土屋さんの作風の魅力でもあるので、すべてを具体的にわかりやすく説明するのが正解とは思いませんが、やはりある程度の文脈描写は必要かと。

森:成果発表に関しては、今の方針で良いと思います。出来上がっている前半部分のアニメーションは、素晴らしかったです。このまま突っ走ってもらってもらいたいです。最後のところの流れだけ、もう一度考えてほしいと思いました。

土屋:アニメーションの実制作を引き続き行いながら、全体像を確かめつつ内容面も再検討したいと思います。

―今後は、3月の成果発表に向けてアニメーションの制作を進めていきます。