映像作家の橋本麦はこれまで、ジェネラティヴ・アートやコマ撮り、実写作品からCGIなど、作品ごとに手法を変え、「制作のためのツールからつくる」ことで様々な映像技法開発に取り組んできました。今回の企画『Niu』は、クリエイターが自身の作家性や目的にかなった形で制作ツールをハックできる、高い自己改造性を備えたデザインツールを探求するオープンソースプロジェクトです。

アドバイザー:森まさあき(アニメーション作家/東京造形大学名誉教授)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)

成果発表では、ツールを誰でも体験可能に

橋本麦(以下、橋本):昨年12月に「SIGGRAPH Asia 2021」でGlispの発表をしてきました。発表に向けて、前回の面談でもお話ししたスタイラス(電子ペン)対応を行い、実際にiPadを使ってデモンストレーションしました。
アプリ開発に関しては、今回もわかりやすい進捗がないのですが、部分的に実装できた機能にはTwitterで細かくレポートしています。例えば、「位置」や「範囲」といった、複合的なデータ型(代数的データ型と呼ばれる機能)、不適切な種類の値を入力した際、適切なエラーを表示するとともに、暗黙的にデフォルト値に切り替えてくれる機能の実装などに取り組んでいました。また、画面上でのレイアウトを見やすくするための作業もしていました。

山本加奈(以下、山本):「SIGGRAPH Asia 2021」ではどんなフィードバックが得られましたか。

橋本:プログラマブルにお絵描きを拡張できるという点に注力して、カジュアルにデモンストレーションしたのですが、あまり反応が良くありませんでした。VFX業界やバーチャルスタジオ撮影など、技術面の発表をする方ばかりだったので、より細かい技術的な話をしていい場だったのだと後から気づきました。反省が多いです。

山本:そうでしたか。でもそれもいい学びです。次はリハーサルに付き合いますよ。

山本:現状のGlispでできる最高のことを教えていただけますか。

橋本:単体でできることというと平面のグラフィックに限られてしまうのですが、他のツールとの合わせ技でできることが増えます。合わせ技を含めて、このツールでできると言っていいものなのか。「AIがつくった」と技術的なバズワードを謳いながら、実は人の手が相当入っているものって、わりとありますよね。そういうふうにはしたくないという変な倫理観のようなものが働いてしまうんです。

山本:合わせ技でもいいと思いますよ。そもそも今、アプリ一つで完結することってないと思うので。
できることの1ステップ目としては、平面のお絵描きということでいいと思いますが、そこに、既存のソフトなどと比較して、よりプログラマブルなやり方で描ける、という大事なコンセプトがありますよね。3月の成果発表では、そういったコンセプトをしっかり見せていきたいですね。

橋本:成果発表では、Notionに載せている内容を整理して、プロジェクトの過程を見せられればと考えています。加えて、個別の機能の解説とデモをセットにして、見る人が実際に機能を体験できるようにします。機能の解説と、その操作画面がセットになっていて、下にスクロールすると様々な機能が順繰りに体験できるようなイメージです。ブラウザ上で体験可能なページをつくるつもりなので、来場者に限らず、誰でも体験できます。 今試しに、Glispのサイト上に「はじめてのスケッチ」と題して、ページをつくってみています。

―「はじめてのスケッチ」操作画面を画面共有します。

画面右側に表示されている緑色の円の大きさや縦横比、色などを、左のプログラムを書き換えることで変えることができる。

山本:実際に触れられるのはすごくいいですね。ただ、デモのモチーフが単純すぎると、「これなら既存のソフトでもできるのでは」というツッコミが入りそうです。中間面談で見せてもらった「⌘ブラシ」などが体験できると楽しそうです。
解説の文章の内容も、もっともっと分かりやすくしましょう。

橋本:そうですね。わかりやすさというのも、難しいなと思っています。普段、情報交換しているDiscordのクリエイティブコーダーのコミュニティでは、専門用語を使った方がスムーズでわかりやすいんです。そういったやりとりに慣れてしまっていて……。発表前に山本さんに校正してもらえるといいかもしれません。

山本:より深く知りたい人はNotionや別のページに進めばいいわけですし、やはり間口は誰にでもわかりやすく、広くした方がいいと思いますね。校正しますよ。喜んで。

今後もプロジェクトを継続していくために

森まさあき(以下、森):時間がかかるプロジェクトだというのは理解しているのですが、とはいえ、先が見えない感じがするのが少し心配です。2022年中の達成目標や理想はありますか。

橋本:内容とは少しずれるのですが、今、GitHub Sponsorsというサポート制度に登録していて、そこではプロジェクトに興味を持った方々から、5〜10ドルという少額設定で、継続的に協賛をもらっています。そういったスポンサーシップで、生計の4分の1くらいを立てられればと思っています。無償で提供するものをつくり続けるならなおのこと、精神的にも経済的にも、プロジェクトを継続していくための地盤になる、賛同や支援が欲しい。これは今年中の目標の一つです。
制作や開発の目標というところでいうと、正直、制作活動とツール開発が自分の中でうまくつながらなくなっています。というのも、ツール開発のモチベーションがより抽象的になってきているんです。 スマホアプリの開発やウェブデザインをする上で、良い、使いやすいとされている画面やインターフェースって、エンドユーザーを前提としていますよね。誰でも手っ取り早く使える、そのための簡便な方法を提供することが大事なわけですが、その考え方をものづくりのためのツールづくりに応用することに嫌悪感を感じていて。ツール開発を通して、そんな現状に対抗するUI/UX体系のようなものをつくりたい思いが強くなっています。

自分の手でつくる行為を、コンピューターに取られたくない

森:少し話が逸れますが、橋本さんが以前制作されたミュージックビデオ『imai feat.79, 中村佳穂「Fly」』を最近拝見しました。このプロジェクトとは全然違うアナログなコマ撮りアニメーションで驚いたのですが、ご自身のなかでは今のプロジェクトとリンクするものなのでしょうか。

橋本:抽象的な部分でつながっています。例えば、あのミュージックビデオの撮影ではカメラも随時動かしているんですが、その位置を記録するためにVR用のトラッカーというデバイスをカメラに取り付けました。そうすることで、専用ソフト上でカメラが動いた軌跡をビジュアライズできるんです。自分の作業としてはアナログかつ地道に、カメラを少しずつ動かしながら撮影するだけなのですが、カメラの移動距離の把握という面倒な部分を、トラッカーとソフトが代行してくれています。

―ミュージックビデオのメイキングを、画面共有しながら解説します。

画面右側に表示されているのが、画面右側に表示されているのが、カメラの移動をビジュアライズするためのソフト。

橋本:僕は結局、自分の手で一つひとつ動かすような表現が好きで、もっと言えば単純労働が好きなんです。デジタル技術によるオートメーション化が行き着く先は、世の中の風潮としては、人間の労働から反復や単調性を排除して、企画やディレクションなどより本質的な思考に集中できるようにする方向だと思います。僕は真逆で、どうでもいい知的労働をコンピューターに任せて、自分は単純労働に勤しみたいんです。
プログラミングで絵を描くというと、入力した数式に基づいてコンピューターがグラフィックを自動生成してくれるイメージですが、そうではなく、描く行為は自分がやりたい。ブラシで線を引いたり、自分の手で描く行為にこだわっているのは、そこが一番楽しい、おいしい部分だからです。
それが、僕の制作やツール開発に通底している態度だと思っています。

森:なるほど、面白いですねえ。このミュージックビデオは本当に素晴らしいです。今のプロジェクトともつながる思考があるのですね。このプロジェクトがどう化けるのか、とても楽しみになりました。

山本:とても面白いですね。橋本さんのプロジェクトはそれ自体がアートだと思っているので、通底する考え方として、今の話を成果発表でも出せるといいと思います。
成果発表が終わったら、自分が興味のある人を100人くらいリストアップして、このツールを見てもらうツアーをしてみるのはどうでしょう。プロジェクトを一旦形にした段階で、そういったブレイクを設けるのはいいと思います。
あとは、やはり目標と締め切りってとても大事です。ひとまず、2022年内に行き着きたい到達点をもう少し自分の中で明確化すること。そうすることで、ステップやプロセスを考えやすくなると思いますよ。

橋本:そうですね。現状は思いつきで実装している状態なので、到達点から逆算して開発することも意識していきたいと思います。

―今後は3月の成果発表に向けて準備を進め、引き続き、ツール開発を進めていきます。