インディペンデントアニメーションを制作している矢野ほなみさん。文化庁メディア芸術祭では、『骨嚙み』が第25回アニメーション部門新人賞を受賞。同作品は第45回オタワ国際アニメーション映画祭で短編部門グランプリを受賞するなど海外で多数の受賞歴があります。今回採択された『その牛、えり』(仮)は、『ほかに誰がいる』(著:朝倉かすみ、幻冬舎、2008年)を原作・原案とする劇場用短編アニメーション作品です。人間ドラマを牛たちの世界に置き換え、牛たちによる愛することの狂気と痛みを描きます。

アドバイザー:森まさあき(アニメーション作家/東京造形大学名誉教授)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)

これからの検討事項の整理

矢野ほなみ(以下、矢野):この作品は、小説『ほかに誰がいる』(著:朝倉かすみ、幻冬舎、2008年)からインスピレーションを受けて制作を始めました。同作品を原作あるいは原案に準じたかたちにすることについて、この創作支援プログラムの選考面談のときは朝倉先生ご自身から前向きなお返事をいただけた段階だったのですが、その後、プロデューサーの山村浩二氏にご助力いただき正式に契約書を結ぶ方向で話を進めることができました。
今は、ビデオコンテづくりを続けています。画角はシネスコ(*1)にしようと思っています。その理由は、牛の視野の広さを映像に取り入れたいからです。今後、360度カメラを借りて牧場などで撮影しながら、見え方を試す予定です。牛を俯瞰するシーンと、牛の視点のシーンとで、画面にメリハリをつけたいと考えています。
色彩についても、牛の視点での表現を検討しています。牛は、モノを見るときに限られた色幅で見ているという研究結果があるようです。そうしたこと作品に生かせないかと思っています。今後も、書籍などで調べたり実際に牧場で調査したりして、牛の生態や飼育についてのリサーチを続けます。
作中で、どういう風に人間を出すかということも検討事項です。今は人間があまり出てきていませんが、人間との関係性は必要になると思います。その辺りは、作業をしながら考えたいです。

*1 シネスコ…シネマスコープの略。映画撮影などで多く用いられるワイド・スクリーン技術の一つ。横:縦=12:5の画面アスペクト比。

言葉よりも絵で魅せる

森まさあき(以下、森):コンテを拝見して、ナレーションやセリフが多いと感じました。文字情報が多いと、多言語に翻訳する作業も大変になります。もっと少なくて良いのではないかと思いました。

矢野:たしかにナレーションが多いと、絵で魅せる部分が削がれてしまうと感じます。今は最大の量で言葉を入れているので、これから取捨選択して必要な部分を残していきます。主人公の想像の世界などの抽象的な場面も、言葉で表現してしまうともったいない気がしています。

森:映像で分かるなら、文字情報があると野暮になることもありますね。そういうシーンでは減らすといいと思います。アニメーションに力があるので、映像を際立たせるといいですね。

山本:音楽や音響については何か進展がありますか? 企画概要にはジャズっぽい曲がいいと書いてありますが。

矢野:2つの方向性で検討しており、ひとつは音楽を入れる、もうひとつは牧場で聞こえてきそうな音(SE)を音楽風にして入れる、このどちらかにしようと思っています。音楽の場合は、ドラムの効いた音楽を入れることで、見せ場である走るシーンのスピード感を出せるのではないかと考えています。そうしたときに相性がいいのがジャズだと思っているのですが、一方でロックもありかなと妄想しています。もしロックにするなら、ボーカルの方に声も入れてもらいたいです。主人公の「えり」はセリフが多く、一人称が多いので、語りが不可欠だと思っています。

山本:今回のアニメーションは、えりと爽が出会い恋に落ちる物語ですが、2頭が出会ってからどのくらい時間が描かれるのでしょうか。動物なのでより自然、季節の移り変わりも効果的に使えると良いと思います。

矢野:出会うのが生後およそ6ヶ月で、爽に物語の上での展開が起こり始めるのが12ヶ月くらいなので、その半年くらいの時間になるのではないかと思っています。主人公のえりは桜の季節に出会って、あるトーンを保ったまま夏になって芝が緑になり、秋にある変調が起こり始める、最後の到達的なシーンは、冬の山が背景になります。その際に雪の情感みたいなものを取り入れられるといいと思います。言葉ではなく、自然の情景と登場人物の気持ちが呼応する感じを出せるといいかなと思っています。

新しい表現を試しながら制作する

森:矢野さんのお名前を知ったのが『染色体の恋人/ChromosomeSweetheart』(2017年)でしたので、あの画風の印象が強かったのですが、その後の作品は可愛らしい画風だったので、とても器用な作家さんだと思いました。今回も、また新しいタッチに挑戦されますね。人間がほとんど登場せず、牛で勝負する点も面白い。毎回違うところを狙っているのが頼もしく感じています。ビデオコンテを拝見して、全体の尺が長い点は気になりました。

山本:そうですよね。尺はさまざまな映画祭に出すにあたって、気にかけたいところですね。現時点では、どのように考えていますか?

矢野:映画祭によって違うと思います。短編としての規定のある映画祭は長めで15〜20分ほどではないかと思います。10分以上は長い印象を持つ方も中にはいるかもしれませんが、作品としてある程度の長さが必要な場合は、映画祭事情よりも作品のことを考えて決めたいです。

山本:いろいろとタッチを変えているのは、作家として戦略的にそうしているのでしょうか。それとも、作品によっていろいろな表現が出てくるという感じでしょうか。

矢野:タッチを変えたいというような意識はあまりありません。戦略が練れるほど器用な人間ではないとも自分自身では思っています。ただ、試行錯誤を繰り返すなかで見えてくることや、それが楽しいということと同時に、挑戦する心が停滞したり、こんなものだと妥協が生まれたりしないようにやっていきたいと思っています。一つの表現を突き詰めていくことも素晴らしいのですが、私はいろいろな表現を試していく方が合っていると思います。何事も頭で決めてしまわず、同じでもいいし変えてもいいし、楽しくやっていきたいです。

森:色については同意見です。色を全部使わずに引き算でやっていくなどいった、色彩の捉え方が独特だと感じます。今回も、牛の視点を生かした色を使うというのが興味深いです。実験的なことは、ぜひ積極的にやっていってほしいです。

山本:海外での発表を見据えて制作されているので、過去の作品が海外でどう受け止められたかという反応なども今後に生かせますね。

森:自然観を取り入れた話なら、世界共通で分かるものがあると思います。海外の人が見たときに、「日本の自然ってこうなのか」「うちの自然はこうだ」というような意見が出てくるのではないのでしょうか。

矢野:まだまだ勉強中なので、見せ方としても面白くできたらいいなと思います。扱いたいテーマである「狂気」と「痛み」の領域まで持っていけたらいいなと思います。次回までに、線画を進めて進捗をお見せできるように作業に取り組みます。

山本:別の仕事をしながら作品制作もしていくとなると、時間のマネジメントも大変ですね。

矢野:私はマルチタスクというよりも一つのことに集中してしまうタイプなので、時間の使い方が課題だと思っています。どれだけ振れ幅があったとしても、3月までには作品に迷いがない状況にしておきたいです。2月の成果発表では、線画だけでなく、アニメーションの技法についても何かしら発表したいですね。

―引き続き線画の制作を進めながら、アニメーションの技法などについて検討していく予定です。