視覚メディアにおける色彩・空間などのリサーチから、視覚表現の現在性を捉え直す実践を行ってきた、大原崇嘉、古澤龍、柳川智之の3人組のユニット「ヨフ」。『2D Painting [7 Objects, 3 Picture Planes]』では、第24回文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品に選出されました。本企画では、色彩効果とレイヤー構造が持つリテラルな空間性の横断/併存に加え、具象的なイリュージョンを内包する写真や映像などを用いて、より複雑な空間の関係性の構築を試みます。

アドバイザー:森田菜絵(企画・プロデューサー/株式会社マアルト)/山本加奈(編集/ライター/プロデューサー)

映像空間と投影空間の境

―初回面談では、ヨフから大原崇嘉さん、古澤龍さんがオンラインで参加しました。

大原崇嘉(以下、大原):2019年から継続している『2D Paintings』シリーズは、三次元のオブジェクトが視覚効果によって二次元的にみえることを利用したインスタレーションで、今回の作品もその延長で考えています。「2D」とは、二次元と三次元、二つの次元の空間認識が同時に存在することを意味しています。

『2D Paintings』では、色彩のイリュージョンによって平面的なレイヤーが入れ替わります。例えば、実空間で青が手前、オレンジが奥に配されている場合でも、色彩の効果によってオレンジが一番手前に見えます。そして、鑑賞者が視点を移動させると、二次元性と三次元性の空間のバランスが変わり、見え方が変わります。リテラル(実在)な空間とイマジナリー(非実在)な空間が同時に矛盾して存在する、この両義性を我々は重要視しています。 今回の企画『Paraillusion』では、これに具象的なイメージを組み合わせることで、リテラルな空間と抽象的なイリュージョン、具象的なイリュージョン、この3つの複雑な関係性を生み出せるのではと考えています。2022年2月には、奥行きが異なる3つのスクリーンに静物モチーフを撮影した映像を投影しました。スクリーンは、映像空間でのオブジェクトのレイヤーの順番と投影空間でのレイヤーの順番が逆になるような配置にしています。

重要なポイントは、各スクリーンの縦側の縁とオブジェクトの縦側の輪郭(ワインボトルの側面など)を一致させることで、映像空間と投影空間という二つの認識の境を曖昧にさせる点です。絵画の文脈でもキュビズムのように、各モチーフの輪郭線同士に関連性を持たせることで、図と地を曖昧にして空間を複雑化させる例がみられます。

もう一つの試みとして、カメラの焦点を各モチーフに移動させながら撮影しました。フォーカスが移動することで、3つのスクリーンの違いやモチーフの前後関係を認識するヒントを強調できます。さらに、鑑賞者の視点移動に対し、映像空間と投影空間のバランスを変えることで、映像への没入/脱没入を導く役割をもっています。

今回初めて映像を取り入れてみると、自分たちが扱っている視覚表現には同時代性もはらんでいるという自覚が出てきました。持ち運べるデバイスの存在、動画のスワイプやスクロール動作、ウェブサイトのパララックス(視差)効果など、現代のメディア環境ではかなり複雑な空間認識を要求されています。それが自分たちの制作の動機にも影響を与えているのではないかと思います。

現段階での改善点は、プロジェクターの個体差を解消すること、投影面のサイズや順序の検証です。また、立体物を混在させる、開口部をなくすなど、作品形態の見直しも視野に入れています。 そして、美術史における視覚の問題、同時代的なメディア環境の問題を踏まえた上で、扱うモチーフとの関連も考えていきたいです。

制作のプロセス

森田菜絵(以下、森田):「みる」という経験を分解して再構成する、野心的なプロジェクトですね。メンバーそれぞれのバックグラウンドやつながりを知りたいです。

古澤龍(以下、古澤):柳川と大原が武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン、僕が東京藝術大学の油絵出身で、その後、柳川はIAMAS(情報科学芸術大学院大学)に、僕と大原は東京藝大の大学院映像研究科に進みました。修了後に一緒に研究を始めたのがきっかけです。

大原:僕と柳川は絵画のヴァルール(*1)という概念を数値化する研究をしていて、そこに古澤が加わりました。2人で活動していたときは平面作品をつくっていたのですが、3人でヨフとして活動するようになってからは、空間をメディアとした、見る側の視覚体験と相互作用するようなインスタレーション作品を制作するようになりました。とくに役割分担はなく、みんなプログラムも書きますし、色彩の知識もあります。

森田:思考実験していたものを実体化して、研究成果を発表するような意識なのでしょうか。

大原:2人体制では研究発表に近かったのですが、3人体制になってからは理論を知らなくても体験を通して、伝わる作品を意識しています。

*1 ヴァルール……色と色との相関関係から生まれる色彩効果、色価。

映像であることの必然性

山本加奈(以下、山本):今回のアップデートの主軸は、抽象から具象に移行することでしょうか。映像を取り入れることで時間軸も生まれますね。

古澤:具象的なイメージが入ることで、視覚を惑わす撮影面と投影面の齟齬、その関係性をより追求できるようになると思います。これまでも鑑賞者の視点の移動による認識の変化に着目してきましたが、今回は時間軸も加わり、フォーカスも移ろうため、さらに複雑な構造になりますね。

山本:映像である必然性は、フォーカス送りの要素以外にあるのでしょうか。

大原:時間的な意図よりは、空間的な意識の方が高いですね。しかし、映像作品として発展させるのであれば、時間軸を意識した表現の可能性を探っていきたいと思います。

山本:アーティスト・Noahの曲『Flaw』で、MVにフォトグラメトリを使っているのですが、空間認識が乱れつつ変化していく感じが参考になるかもしれません。時間のダイナミクスが加わるとインパクトのあるものができそうです。開口部が四角なのは絵画的なしつらえを意識しているのでしょうか。色彩効果をつくる上で適した形ですか。

大原:パースを誘発する形としてタブローを意識した四角に落ち着きました。最終的に抽象的な表現でおさまることが多かったので、有機的な形にする必要がなかったのです。

山本:中身が映像になると、スクリーンサイズとの関係性が気になりました。小さな四角だとモニター感が出てしまいますし、開口部がない場合、ある程度大きくないと没入感が得られなさそうです。

必然性のあるモチーフ

山本:モチーフの選択が大事とおっしゃっていましたが、現時点ではどういう方向性を検討されているのですか?

古澤:2月の時点では、身近なもので構成しました。垂木、定規、果物、ワインボトルは静物画でもよく扱われるモチーフですね。また垂直線が出るファイルボックスを加えるなど、モチーフのボリュームや形態などの造形性も基準として選んでいきました。

山本:美術史で育まれたモチーフを発展させていく方向でしょうか。

古澤:そうですね。美術史も参照しながら同時代的な感覚も大事にしていきたいですね。例えばキュビズムの時代にワインボトルを扱っていたのは、当時は容易に手に入るもので「何でもないもの」でした。現代ならばそうしたモチーフは何か……。

大原:1人なら個人的な思いでモチーフを選べますが、3人でやっていると「社会」が生まれるので、そうはいきません。モチーフの必然性を探すことに苦労しています。

森田:2月の作品からは、まだ実験中でニュートラルな印象を受けました。モチーフの振り方で作品の印象も変わりますよね。たとえば、ミラーハウスやトリックアートのようなエンターテインメント感を出すか、純粋な基礎研究の面白さが際立つ方向にするのか、そのバランスが肝心だと思いました。

大原:それがモチーフに関する悩みの核となる部分だと思います。

森田:私は宇宙系のコンテンツを制作していたので、もしご興味があれば、科学者の方もご紹介したいと思います。

山本:これまでの『2D Paintings』も完成度が高いので、今回も楽しみにしています。トライアンドエラーを繰り返して、頑張ってください。

―次回の面談に向けて、イメージと視差の関係性をVR上で検証する予定です。