「キュレーター等海外派遣プログラム」に採択された鹿又亘平さんは、多摩美術大学情報デザイン学科卒業後、ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズで修士号を取得。帰国後、アーティスト・イン・レジデンスや、アートによる国際交流プログラムなどの企画・運営をしてきました。
鹿又さんは2022年5月から10月までオーストリア・リンツ市にあるアルスエレクトロニカ(以下、アルス)の研修プログラムに参加しています。世界最大のメディアアートフェスティバルである「アルスエレクトロニカ・フェスティバル」運営のほか、教育、研究、コンペティション等、アルスで行われる幅広い領域の業務を体験することで、知識やスキルを学びます。

アドバイザー:筧康明(東京大学 大学院情報学環 教授)/畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 主任学芸員)

フェスティバルは遊びではない!?

鹿又亘平(以下、鹿又):「アルスエレクトロニカ・フェスティバル2022」(以下、フェスティバル)が9月7日(水)~11日(日)にあり、コロナ禍で一昨年と昨年がオンラインとのハイブリッド開催でしたが、今年は3年ぶりのリアル開催で盛況に終わりました。
この研修も残りあと1ヶ月となったところで、この膨大な情報量を整理しているところです。日本に戻ってから芸術文化のマネジメントやキュレーションの仕事をしていくにあたり、この先何を大事にしていくのかも含めて振り返りたいと考えています。客観的な検証のためにアルスの内外で話を聞き、印象的な内容がいくつかありました。
まずは、同時期に近隣で開催される音楽イベント「クランクヴォルケ(Linzer Klangwolke)」の元ディレクターで、地域の活性化に貢献する活動を行っている方の話です。長年リンツで活動してきた彼から見ると、フェスティバルは以前と比較して、地元の人が集まるイベントではなくなってきているということでした。
一方で、フェスティバルのヘッドであるクリストル・バウアは、先鋭的な発言をしていて印象的でした。「フェスティバルはエンターテイメントではない。遊びには来るな」と。クリストルとしては、今回のフェスティバルで「Welcome to Planet B」というテーマを掲げたからこそ、人も作品も世界中から輸送して集めるといった膨大なエネルギーを使って、どんちゃん騒ぎをするだけでは二酸化炭素しか生み出さない、という辛辣かつ真摯な意図があっての言葉です。
僕も一鑑賞者として、国内外のアートフェスティバルには何度も訪れましたが、どちらかというと「楽しい」「かっこいい」といったエンターテインメントに近いものを感じていたので、その発言は衝撃的でした。地域の大学や欧州議会、オーストリア政府もコミットするフェスティバルは、皆が本気で将来を変えていこうと挑む場なんだなと。アートシーンの変化をも予兆させる印象もありました。

畠中実(以下、畠中): 20年以上前、フェスティバルはかなりハードコアなイベントでしたが、徐々にエンターテインメントやより多くの集客を意識した要素も強くなった経緯があります。なので、クリストルの発言は、ある種の自己批判も含まれているのかなと思いました。どんなアートフェスティバルもいろんな側面があります。たとえば気鋭のアーティストと、大御所のアーティストが同時に展示されている。また、市民による自発的な展覧会も同時開催していたりします。そうしたいくつかのレイヤーがあって、いろんな人に働きかけるのがアートフェスティバルじゃないかなと。完全に遊びを排除してしまったら、ハードルが高くなり閉じていってしまうので、裾野の広がりは残したほうがよいと僕は思います。遊びにいったつもりでも、帰るときには「遊びじゃなかったな」と感じるものになっているなど、入口と出口を違う設計にするのもよいでしょう。彼女の言葉をどのように理解していくのか、捉え方次第ですよね。

アルスエレクトロニカは本当にリンツでやる必要があるのか?

フェスティバルユニバーシティ、バイオラボ見学

筧康明(以下、筧):アルスがやりたいことを理解したうえで、あえての問題提起なのですが、フェスティバルを毎年リンツでやる必然性をどのように思われますか。
コミュニケーションはオンラインでとれますし、ニューヨークやパリ、東京などの他国の都市での開催もありえるのではないかとも思うのです。アルスはリンツで40年以上続いていますが、そこで開催し続けることの価値、その土地との関係性を言語化しないと、論理的にはだんだんと説明がつかなくなる。あえてリンツのような地方都市で行う可能性とはどのような点にあるのでしょうか。

鹿又:たしかにフェスティバルの観点からすると、先端的な内容ですので地方都市で開催するよりも大都市でやったほうがいいですし、地元の人へのアプローチも足りないかもしれません。ただ、アルスは年に数日間のフェスティバルがすべてではなく、ユニークなのはアルスエレクトロニカ・センター、フューチャーラボ、ソリューションズ、フューチャー・シンキング・スクールといったエコシステムがある点です。ヴェネチア・ビエンナーレやアート・バーゼルのような、フェスティバルのためだけの運営チームではないところも特徴だと思います。

筧:ただ、遠方でもオンラインでエコシステムの関係性は保てるのではないでしょうか。コロナ禍で、オンラインとリアルのハイブリッドな開催を経験したからこそ、ローカリティとの接続を考えるときではないかと思っていて。ロジカルな側面だけではなくエモーショナルに「ここにいたら、こんな強みがあるんだ」と感じられたら、将来的にも土地との接続性に対する、鹿又さんの力になるのではと思います。

畠中:カンファレンスは完全オンライン化してもいいくらいですよね。ただ現実的には、いまのフェスティバルの規模が世界をまわるのは難しいでしょう。やはり、これまではフェスティバルの間だけ世界中から何千人、何万人とリンツに集まることに意味があったのかもしれません。アルスの総合芸術監督であるゲルフリート・ストッカーさんと以前話したときに、彼はフェスティバルのことを「温泉モデル」といっていました。世界中から来た多くの人を狭い都市に集めて、ある意味その期間は軟禁して目一杯フェスティバルを楽しんでもらう。これが大都市だと難しいでしょう。たとえば新宿にあるICCでは温泉モデルは難しいので、展覧会モデルです。方法は場所によって変わってくると思います。

アルスのエコシステムを日本で動かすと?

フェスティバル運営陣

筧:リンツで長い時間継続してきたことで、ネットワークが醸成されたり、そこで学んだ子どもが大人になったり、といった部分にも可能性があるのかもしれませんよね。

鹿又:継続性ということだと、今年2年目のフェスティバル・ユニバーシティでは2回目の参加者も積極的に受け入れていました。そういう意味でも持続性を重視していると思います。
これはたとえですが、毎年リンツで宿題を出して、それを自国に帰って取り組み、それをまたリンツに持ってきて発表する。アーティストや学生だけでなく、一般の参加者にとってもそんなサイクルになるとよいのかもしれません。リンツで毎年勉強会があるからやらなきゃ、みたいな。

畠中:クリストルの「遊びには来るな」という言葉は、裏返すと「何か持ち帰ってくれ」ということだと思います。帰った人がその先々で何かを始めていくのが醍醐味なのかなと。
フェスティバルは学会的な側面もありますね。技術的な部分は、どうしても企業だと共有できないこともあるのですが、それを制度に関係なく知識を共有し合う場としても、機能していると思います。

鹿又:さらに情報や知識を出しっぱなしではなく、どのように回収していくかも重視していました。フェスティバルに来たお客さんの意見、配布したカタログや資料の引用先など、収集できるデータはなるべく追いかけて持続性のある文化施設をつくっていきたい、という話がありました。そうした回収作業をしていくことで、アルス全体のエコシステムも醸成されていくのだと思います。

畠中:継続することで、何が積み上がり、何が形づくられたかを認識しないと、芸術祭は長続きしません。続けるための燃料として、楽しみがあっていいとは思いますが。

鹿又:やはり「継続は力なり」だと思います。継続するには仕組みが重要で、アルスの運営全体におけるエコシステムは非常に参考になりました。そのうえで社会的か、エンタメか、アカデミックかといった内容の方向性は、時代や好み、需要の問題だと思っています。続けるためにどのように運営しているのか、そのシステムを持って帰ってきたときに、日本の燃料で走らせてみることができたら、と考えています。それを2月の成果プレゼンテーションで発表する予定です。

筧:日本でやったとしたら、どういう要素から入り口をつくるかという想像や思索をするのはいいことです。時空間的なエッセンスはフレームとしてはもってかえりつつ、ローカルな要素やグローバルな課題とつなげて組み替えていけたらいいですね。

畠中:鹿又さんが持ち帰ったときに、日本でどうなるのか。ぜひ整理してみてください。楽しみにしています。

―アルスエレクトロニカの研修は10月末に終了し、帰国後、2023年2月に開催予定の成果プレゼンテーションにて活動報告や研修を受けて考察したことを発表する予定です。