副島しのぶさんの『彼女の話をしよう』は短編アニメーションだけではなく、インスタレーションとしても構想が温められています。ハイヌヴェレ型神話の伝承から、豊穣のため生贄として捧げられた少女や女性を描くこのプロジェクトは、古今の社会の中で女性がいかに生きてきたのかという問いも含まれています。創作支援プログラムの期間中、さまざまなリサーチや制作を続け、副島さんが自らのテーマを見つめ直した結果浮上したのは、そのような普遍的かつアクチュアルな問題意識でした。より厚みを増した構想に、この最終面談でアドバイザーはどのように応答したのでしょうか。

アドバイザー:戸村朝子(ソニーグループ株式会社コーポレートテクノロジー戦略部門コンテンツ技術&アライアンスグループ統括部長)/原久子(大阪電気通信大学総合情報学部教授)

最終面談:2024年1月12日(金)

アトリエの歴史的背景を作品に生かしたい

初回面談や中間面談を通じ、撮影を続けつつも制作について考え直すことが多かったという副島しのぶさんは、「リサーチと作品の距離感がつかみきれなくなってしまい、神話という壮大なフィクションに作品をどうつなげていくのかという問題や、自分自身をどう位置づけた上で取り組むのかということを考え直す時間を過ごしていました」と面談の冒頭で語ります。しかしそのような課題に直面しつつも、断片的な撮影は進行しており、水が落ちる場面や、穀物が血になり、身体に吸い込まれていく場面がアドバイザーに披露されます。また、ストップモーションに用いるパペットについても進捗が報告されました。

面談の様子

並行して行っているリサーチについても展開があったことが話されました。「普段制作しているアトリエが横浜の黄金町にあるのですが、ここにはかつて赤線や青線と言われる風俗街でした。使用しているアトリエもその歴史的な経緯になにか関連があるのかもしれないと調べたら、『ちょんの間』と言われる性的なサービスを提供する空間だったことがわかりました。だからこのアトリエ自体が女性を主題としている『彼女の話をしよう』と重なっている部分があり、自分に対してすごい影響を与えていると思いました。どの程度そうした背景を押し出すかは未定ですが、都内での展示だけでなく、このアトリエスペースでも発表することを考えています」。

リサーチを通じ、自身の制作の根本的なモチベーションを見つめ直した副島さんは、こうした社会の表立っては見えない暗部や、俗なるものを、それとは対極の聖的なものとともに描いていきたいからこそハイヌヴェレ神話に惹きつけられたのではないかと自己分析します。そしてこのような思考を作品として昇華することで、村社会に生きる女性の姿を描く『彼女の話をしよう』に深みを与えることができるのでないか、あるいは、あえて神話から着想を得たことをいわなくても、意図が十分に表現できるのではないかと確信を深めた様子でした。

リサーチによって集められた資料

作品に文脈をどのように取り入れるのか

こうした一連の作品への取り組みに対し、アドバイザーの戸村朝子さんは「自覚的に取り組んできたテーマと、無意識に選んできたことがつながった」とその深化に感心します。

戸村さん

同じくアドバイザーの原久子さんは、「黄金町に関しては歴史として残っている文字資料も調べる必要があるし、プロフェッショナルな姿勢としては、影響を受ける/受けないは別にして、過去に黄金町でレジデンスをしたアーティストの作品にも目を通しておいてもいいのではないか」と助言します。また、戸村さんは黄金町に関するリサーチを、「ファクトとして盛り込むと作品とどうつながっているのかを考え出してしまい、思考が饒舌になってしまう」と述べ、作品が事実に引っ張られてしまう可能性も指摘します。そして「本事業は、作家のその後の発展こそが大事な部分でもあるので、今回すぐに黄金町と作品をつなげなくても、肥やしにしていくという考え方もありうるのではないか」と述べます。こうしたドメスティックな場所性に関しては、原さんも「世界中にこうした背景を持つ土地がある」ことを述べ、それに対して副島さんも「今回のプロジェクトに限らず、普遍的なテーマとして長期的に取り組みたい」と応答しました。

原さん

作品とリンクする展示の構想

最終面談ではリサーチについての話題のみならず、具体的な展示プランについても話し合われました。短編アニメーションは女性を描きながらも、生きるためにはなくてはならない米などの食物が登場します。インスタレーションでは、実際の籾殻を床に敷き詰めて、観者がそれを踏みしめながら映像を鑑賞できるなど、細い道を作り圧迫感を与えるような空間にしたいと副島さんは語ります。

それに対し原さんは、籾殻は会期中何回も踏まれてしまうとその触覚的魅力がなくなってしまうことを危惧します。それに対し副島さんは「スクリーンやセットの周りにだけに敷いたほうが、物語から出てきたようなものに感じられるし、私の感覚的にも近いかもしれません」と返答し、より設置のイメージが具体的になった様子が見られました。

TO BE CONTINUED…
神話的主題や、自分のアトリエにある文脈をどのように提示し、作品に結実させるのかを考えながら映像制作を継続し、インスタレーションの計画も具体的にしていく