枠(フレーム)と鏡、ビデオカメラ等を用いたインスタレーション作品『あなたは、翌日私に会いにそこに戻ってくるでしょう。』が第20回文化庁メディア芸術祭アート部門新人賞を受賞した津田道子さん。
今年度採択された企画『Double Half Step』(仮)でも、前作のインスタレーションにも用いられた時間差に加え、その中に物語の要素を取り入れ、映像特有の物事の語り方をして、より鑑賞者を没入させる作品に向けた基礎研究や実験をします。

アドバイザーを担当するのは、アーティスト/多摩美術大学教授の久保田晃弘氏と、 ソニー株式会社UX・事業開発部門 UX企画部コンテンツ開発課統括課長の戸村朝子氏です。

画面による、触覚につながるような映像体験

津田道子(以下、津田):初回面談を受けて、シンプルに2つのディスプレイから実験してみることにしましたので、この2ヶ月間で試してみました。ディスプレイを向かい合わせで置き、既存の映画作品(『ミツバチのささやき』ビクトル・エリセ監督、1973)の1シーン、車が走る映像を使用し、2つのディスプレイに分けて流してみました。さらに同じ映像を用いて、映像の出現する順番を変え、走り去る車をもう一台の車が追いかけるように見えるかということや、ディスプレイの配置を変えて実験してみました。

戸村朝子(以下、戸村):同じ映像でも、違和感なく気持ちよく見られる映像と、なんだか気持ち悪いというか違和感がある映像があって面白いですね。

久保田晃弘(以下、久保田):パースペクティブの不整合性がおこったときにどう感じるか、という実験だと思いました。表と裏がひっくり返ったときや左右が逆になったときに、ちょっとした何かを感じる。違うと感じるけれど何が違うかわからない。それをうまく言語化できない部分が良いのではないでしょうか。そこを掘り下げて探求していくのが面白いと思います。

戸村:画面と目の距離は、映像を観る体験に影響します。視野角の中にどのように情報を入れるのか。あるいはわざと入れず、入れないことで違和感を見せたいのか。それとも映像の内容を見せたいのか。目的でいろいろと変わってくるでしょう。

―向かい合わせたディスプレイに、別の映画のワンシーンを映した動画を見せながら話が進みました。

津田:これは別の映画で実験したものです。このシーンでは、最後に銃で撃たれて悪人が数名死んでしまうのですが、2つのディスプレイを使って、カット割り通りの順番で向かい合わせに分けて投影する実験をしてみると、銃を向ける方向や人が倒れる方向、また見る位置によって、スクリーン感を飛ぶ弾の軌道が変化して見える、ということも起こりました。空間的な整合性をとろうとするのだと思います。

戸村:ストーリー通りに流しているのに、2つに映像が分断されることで何か違うものになっているのが面白いですね。

津田:カメラが捉えたものだけを見て、フレームの外側は実際は見えていないけれど、見る側が頭の中で見えないところを補ったり、つくったりしているという、映像の原理的なところを扱っている気がしました。

戸村:2つのディスプレイ間の空間も、装置の一部だという感じがしますね。

津田:実際にディスプレイの間に入って映像を見るとまた全然違う感覚になります。ダンサーの方に見せたら、何か自分がリアクションしなければならない気がしたと言っていました。

戸村:映像という本来は視覚による操作ですが、これは触覚につながるような実験なのかもしれませんね。今は「ディスプレイ」という装置の配置によってそういった感覚がもたらされていますが、映像の印象だけでそういった感覚を与える可能性もあるかもしれません。

現実のなかにある不確実性を見せていく

久保田:最初の意図と違うかもしれませんが、例えば、誰もが知っている映画のシーンを使って、空間に映画をコンポジション(構成)するということも考えられそうですね。映画として一直線の見せ方ではなく、実験のように映像の順番が入れ替わり、その中に人が入るといろんな体験ができるというような。

津田:サンプルとして使いましたが、映画のシーンはリソースとして豊かですよね。

久保田:ミニマルミュージックの作曲家、スティーヴ・ライヒ(米国、1936-)のように、短い映像のシーケンスを少しずつずらしていくと、豊かな空間や時間を想起できそうですね。短いものでなく、20分くらい続く、実験映像インスタレーションも面白そうです。複数の画面がちょっとずつずれて、因果関係が反転したりするというような。人間というのは連続や因果をどう感じているか、ということを考えさせるものになると思います。

津田:初回面談のときに振付家の話もでていましたが、やりたいことを考えていると作曲家のようなつくり方が面白いのではないかと思い、ちょうど私もライヒのことを思い出していました。見る場所によって物語が変わり、見る人によって変わるということが表現できるといいなと考えています。権威的ではないというか。映画のように皆が同じものを観るという形式とは違う、映像に対する態度、向き合い方は、私がテーマとしたいことです。

久保田:1カ所で映像を見ることができるは、物語が決まっているからだと思います。津田さんは、最初から起承転結ではない物語のあり方をテーマの1つとしているので、ミニマルミュージックのように、イントロやサビのような物語概念がない、という考え方が合っている気がします。

戸村:見えてないものが見えた気がするとか、起こっていないことが起こっているように感じることを大事にするといいと思います。このアプローチは、余白や周りの環境を含めて「受け取る」ことに関して問題提起するものになりますよね。

久保田:現実の中にある、あやふやな部分や不確定な部分を見せてくれると面白いと思います。僕らは確実な現実に生きているように思わされているけれども、時間の感覚は伸縮します。ちょっとしたことでその感覚が変わるということが、シンプルだけれど重要なメッセージです。
それから、ポストHMDのような感覚が重要だと思います。360度カメラで見る経験ができる世の中で、あえて2画面でできることを上手く抽出できるといいと思います。

パフォーマンスと組み合わせた作品の見せ方

津田:発表はパフォーマンス作品を考えています。自分で撮った映像でもやってみたいです。

久保田:両方やってみたらいいと思います。もともと考えていた映像とダンサーのインスタレーションをつくりながら、今実験している映画のリソースを使ったものも発表する。オープンな場所に装置をつくっておき、ある時間だけパフォーマーが入るようなインスタレーションにして、その時に装置の可能性が最大限に発揮されるような状態を見せることができるといいのではないでしょうか。

津田:今後の実験としては、少し尺が違う映像がそれぞれの画面でループして、同期している状態から少しずつずれていくというのをやってみたいと思いました。

久保田:2つの画面の位置関係は重要な気がします。この作品は、システムができあがってから何度も微調整を続けることで、作品の強度が上がると思います。

戸村:できるだけデバイスの存在感を消すような軽やかさがあるといいと思います。最終的にパフォーマーを入れるのであれば、その人の動きと画面との同期についても重ねていく必要があるでしょう。パフォーマーが入った途端に、観客の視点がどこに向くのかがまだ想像できないですね。観客の目は、パフォーマーの所作の美しさに惹かれてしまって、さっきの見えないものが見えたはずなのに、ということもあり得る。

久保田:例えばパフォーマーが100mくらい先で踊っている、という状況もあり得ますね。この作品で面白いのは、2画面の情報を同時に見られないために、毎回体験が違ってくること。要素を全て固めるのではなく、あえて離すことでそこで起こっていることを想像させることもできるでしょう。

戸村:人間のサイズを超えることで、体験は予想を超える。スケールを大事に進めていくといいと思います。

―次回の最終面談では、成果プレゼンテーションに向けた進捗について報告される予定です。