岩井澤健治さんは第12回文化庁メディア芸術祭で『福来町、トンネル路地の男』がアニメーション部門審査委員会推薦作品に選出されました。今回採択された企画の長編アニメーション映画『音楽』は、同タイトルの大橋裕之氏の原作マンガをもとに、松江哲明氏と九龍ジョー氏によるプロデュース、岩井澤さんの監督によって2012年6月に制作がスタートした作品です。2012年6月に制作がスタートしたアニメーション作品ですが、今回の支援を活用して作品の完成を目指します。

アドバイザーは編集者/クリエイティブディレクターの伊藤ガビン氏とアートディレクター/映像ディレクターの田中秀幸氏です。

長編アニメーションの完成へ向けて

―本作は、実写映像を撮り、それをなぞるかたちでアニメーションにする「ロトスコープ」という手法で制作しています。初回面談はメイキング映像の上映からスタートしました。

岩井澤健治(以下、岩井澤):制作をスタートしたのが、ちょうど3年前になります。絵コンテ作業などの準備期間が1年ほどあって、2013年にはボランティアスタッフを募集しました。その時には15名くらい集まって、そのほとんどがアニメーション未経験者だったんです。僕はロトスコープという手法でアニメーション制作をしているのですが、僕自身も少し前までアニメーション経験がなかったので、未経験者であってもレクチャーをしながらであれば少しずつ上達できると考えて「アニメーション未経験者でも可」という形で募集しました。みなさん最初の半年ぐらいは根気よくできていたんですが、そもそもアニメーション自体に興味を持っていない人が多くて、コツを掴めないまま次第に離れていってしまいました。

田中秀幸(以下、田中):なるほど。実写で撮影する時の役者は固定していますか?

岩井澤:はい。できる限り同じ人にお願いしています。

伊藤ガビン(以下、伊藤):撮影したものをわざわざプリントして作画しているんですね。

田中:しかも、カラーなんですね。

岩井澤:そうなんです。

伊藤:それは大変だな……。基本、作画は鉛筆ですか?

岩井澤:はい。鉛筆で描いて、ペンで清書しています。

田中:そこまで丁寧にやってるんですね。ロトスコープだからほとんどデジタルでやってると思ったら、違うんですね。
手法はこのまま変えるつもりはないんですか。もし、結果が同じなのであれば、ここから先にコストダウンとスピードアップできるアイディアを考える方がいいかもしれません。ただ、そうして手法が変わることで結果が変わってしまったら、よくないですよね。

伊藤:ペン入れ作業が大変ですよね。最近はアニメーションも、鉛筆で描いたものをデジタル化したりもしますが、ペン入れにはこだわりがあるんですか?

岩井澤:この方法が一番速いというのもあるんです。ロトスコープなので動きはもともとあるので、普通に描くよりは速くなります。ただ、最初の段階でこの方法で始めたので、この方法から抜けられないというのもあります。
最初に手伝ってもらっていたスタッフたちも、さすがに2年も経つとそれぞれ事情があり、今は4名を残すのみです。そんな状態の中、このままでは終われないという気持ちがあってこの支援プログラムに応募したんです。
いま手伝ってもらっている人のなかに、1名だけテレビアニメの制作経験者がいるのですが、やはり速さが全然違うんです。プロのアニメーターにお願いすればスピードは上がるので、この機会にお願いしたいと思っています。

田中:それで作業が効率的になることは確かだと思うんですが、完成にこぎつける目処は立っていますか?

岩井澤:全体で750カットありまして、そのうち作画完了しているのが340カットです。スキャン、着色ができているのはさらにその半分くらいですね。
今まではコンポジット(映像合成作業)や映像の編集をお願いできる人がいなかったので、描いたものがそのままの状態で動きがついていませんでした。今回の支援でコンポジットや編集をお願いできるので、動く映像が揃うと思います。
あとは、作品の山場でもある主人公たちがロックフェスで演奏するシーンがあるのですが、この9月に実際に観客を招くイベントを開催して、100カットほど実写素材を撮影する予定です。

田中:今回の支援でなんとか完成までこぎつけたいですよね。

伊藤:手法が確立されていることもあって、作品の内容についてアドバイスするというよりは、どう完成させるかを考えたいですよね。

田中:今回の支援で完成させるために、方法論的に何かアドバイスが必要であればしたいとは思いますが。支援を活用して完成までこぎつけることを目標にしてほしいですね。

岩井澤:そうですね。どうにか完成の形が見えるところにまでもっていきたいと思っています。

ロトスコープでつくられた岩井澤さんの作品『福来町、トンネル路地の男』(2008)
(第12回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門審査委員会推薦作品)

実写映画とアニメーションの架け橋となるために

伊藤:この支援の審査の時に話していたことですが、個人のショートフィルムのアニメーション作家は出てきているけれど、なんだかんだいって作品だけで生活ができている人ってとても少ないんですよね。商業的なものもやる人はCM制作をやったりして、その余剰のお金で作品制作をしている。実は、作品だけで生活ができているように見える先輩方も、イラストレーターや学校の先生もやりつつの人がほとんどなんですよね。ショートフィルムは稼ぎようがないというのもあるのですが、70分の長編アニメーションを自主制作して、劇場公開して、興行がちゃんと成立したら、夢のようなすごい話ですよね。

岩井澤:そうですね。今まで小規模のチームが作った長編アニメーションはほとんど前例がないので、挑戦のしがいがあります。
僕はもともと実写映画の仕事をやっていて、後から短編アニメーションの世界も知ったのですが、このふたつの繋がりがないのがもったいないと思っています。実写映画の世界ではアニメーションの人材がいたらいいなと思っていても、どう頼んだらいいのかわからない。そういうところで繋がりができて、新しいものが生まれるきっかけになればと思っています。

伊藤:プロモーションもやれることがあったら協力したいと思っています。劇場で公開する予定みたいのはありますか?

岩井澤:以前はいくつか手を挙げていただいた映画館があったんですけど、制作中に映画館が閉館してしまったところもあるので、また探す必要があります。ただ、最近は小規模の映画を上映している劇場も多いので、完成さえすればどこかで上映していただけると思っています。

伊藤:英語版も作ったらいいんじゃないですか。それがアニメ―ションのいいところでもありますよね。

岩井澤:そうですね。そうすれば海外にも配信できますね。

―9月中旬に行われる次回の面談までに、「フェス」のシーンの撮影も予定通りに進めば終了し、全体の流れがわかるような素材を用意することを目指すとのこと。作品の輪郭が見えてくれば、完成に向けての流れも加速していくのではないでしょうか。