川田祐太郎さんは、私たち人間とまったくかけ離れた生物がどのような関係を築けるのかを模索します。これまでもメディア装置を開発し、それを介在させて生物同士や、生物と環境の関係性について考えてきた川田さん。ミドリゾウリムシはクロレラ(藻類)と共生しており、そのことが体内時計にも影響していることに着目した今回のプロジェクトは、人間の時間に対する問いかけであると同時に、人類学的な広がりを持ったものであることが、アドバイザーとの対話の中で明らかになりました。

アドバイザー:原久子(大阪電気通信大学総合情報学部教授)/山川冬樹(美術家/ホーメイ歌手/秋田公立美術大学准教授)

初回面談:2023年9月13日(水)

生物と人との間に体内時計の相互作用をつくりたい

川田祐太郎さんの興味は生物そのものというよりも、生物と生物の関係や、環境との関わりがメディア装置によってどのように変わるのかであると話します。そんな彼が現在取り組んでいるのは、ミドリゾウリムシという微生物の生態に着想を得たプロジェクトです。ゾウリムシの一種であるミドリゾウリムシは体内に共生しているクロレラの影響でさまざまな習性が変化します。そのうちの一つが体内時計の相互作用の獲得であり、この2種の生物は互いの時間感覚に影響を及ぼし合いながら活動をしていますが、川田さんはこの微生物の体内時計の相互作用に、さらに人間を巻き込みたいと考えています。ミドリゾウリムシの体内時計は、自然環境の中では昼間に活発になりますが、人間の生活する屋内で生活をした場合、その人が夜型の生活リズムの場合は夜でも明かりがあるため、自然界で生きるのとは時計がずれてくると川田さんは話します。

微生物の可視化のための実験装置

アドバイザーの山川冬樹さんはそんな取り組みに対して、非常に興味深い試みであると前置きした上で「最終的なアウトプットはどうなるのか?」と問いを投げかけます。それに対し「ギャラリーでの展示形式は考えづらく、装置を実際の生活の場で体験してもらうことをもって作品の提示としたいが、その中で何を明らかにしたいのかという部分に、難しさを感じている」と川田さんは話します。

山川さん

アウトプットのブレインストーミング

どのような提示をするとこういった表現の魅力は伝わるのでしょうか。面談では闊達な意見交換がなされました。川田さんは「ウェブ上のプラットフォームでは、さまざまな人と生活するミドリゾウリムシの活動リズムを一望できれば、そこに差異が生まれて面白いのではないか」という構想を語った上で、装置を実際に体験してもらう際には、それを読むことでミドリゾウリムシとの時間的共生をより体験として豊かに思えるような冊子を同梱するなどのアイデアを話しました。

アドバイザーの原久子さんはオンラインでプラットフォームを展開するなら、海外の事例も集まるとより広がりがあるのではないかと応答します。山川さんはそのプラットフォームに「“私のかわいいミドリゾウリムシ自慢”を書き込める機能があってもいい」とデータだけではなく、よりコミュニカティブな方向性も提案します。観察のためのキットについても話題は展開し、学研の実験キットのように販売しても面白いのではないかと山川さんは述べます。それに対し川田さんは「こうした装置に人が実際にお金を払うかどうかは疑問に感じる」と話しましたが、山川さん、原さんと話す中で、ロット番号などの付加価値を付けることや、今後とも活動を継続する上では科研費で財源を確保すれば良いのではないかなど具体的な意見が交わされ、プロジェクトの可能性について議論がなされました。

原さん

人間中心主義を超えて

ミドリゾウリムシを通じて時間の認識に問いを投げかける川田さんの試みですが、私たち人間はこれまで時計を見ずとも時間の認識をしてきました。その例として、川田さんはアフリカのヌアー族の事例を紹介します。牛と暮らすヌアー族は、時計のかわりに牛の帰ってくる頃合いなどで生活のリズムをつくっており、時間に相当する意味の単語も彼らの言語にはなかったと話します。このようにほかの生物との関係によって時間が認識されていたケースに対して、山川さんは「近年盛り上がりを見せているマルチスピーシーズ人類学のような、人間中心主義を超えていこうという潮流に通じる」と応答し、その射程の長さについてコメントしました。

面談の後半では川田さんが持参したミドリゾウリムシをアドバイザーに見せる一幕もありました。原さんは「ずっと見ていられる」と述べ、山川さんも「チルい気分になる」と興味津々。ミドリゾウリムシとの関係によって立ち現れる現象、そしてそこから見えてくるビジョンをどう提示するかはまだ模索中とはいえ、アドバイザーのビビットな反応は、川田さんにとって今後の制作の後押しになってくれそうです。

ミドリゾウムシの入ったケースに光を当てると、わずかにその姿が見える
モニターに映し出されたミドリゾウムシ。それぞれが動きまわっているのがわかる

→NEXT STEP
安定したミドリゾウリムシの培養方法の確立、最終的なアウトプットを具体的に計画する