工房とは、その空間を使う人の仕事内容や作品に影響をもたらす、ある種のメディアの役割もあると建築家の戸石あき(lemna)さんは考えます。大学で建築を学んだのちに設計事務所に勤め、その後映像を専攻する大学院で助手として勤務。修士研究では熱を加えずにガラスを曲げる技法を開発しました。その際に制作環境に興味を持ち、本プロジェクトのテーマ「工房」につながりました。本プロジェクトでは、使う人の制作過程も含めて、いくつかの工房を3Dデータで記録し、アーカイブすることで「工房とは何か=工房論」を探ります。

アドバイザー:石橋素(エンジニア/アーティスト/ライゾマティクス)/西川美穂子(東京都現代美術館学芸員)

最終面談:2024年1月15日(月)

二つの工房での撮影

本事業の面談の過程を経て、工房の空間的・時間的記録を「映像作品」ではなく「アーカイブ」の方向でプロジェクトを進めている戸石あき(lemna)さん。自身のスタジオでのテスト撮影をふまえ、2023年11月から12月にかけて、最初の映像記録を行いました。場所は取手にある東京藝術大学(以下、藝大)と、八王子にある多摩美術大学(以下、多摩美)のガラス工房です。藝大はベンチ(吹きガラスの作業台)が二つに対し、多摩美は四つ。また教員に対してアシスタントの学生が付いて作業していた藝大に対し、一人で作業を行っていた多摩美というように、空間の広さや撮影対象の比較できる2カ所を撮影できました。

一方、撮影システム自体には課題が残るといいます。それは人物のモーションキャプチャーを用いた録画の途中でセンサーの接続が切れてしまうこと。また30台ほどのGoProを設置して映像を記録していますが、火を扱うガラス工房の熱により設置位置の限界があることなどがあげられました。

フランスへのリサーチ

撮影の合間にリサーチのためフランスに渡航した戸石さん。パリ工芸博物館(Musée des Arts et Métiers)では貴重な工房の模型、王立ゴブラン製作所(Manufacture des Gobelins)では織り機などをリサーチし、学芸員へのインタビューも実現しました。

今後のスケジュールとしては、撮影した二つの工房の3Dモデルの解析を進めながら、オンライン展示に向けてプログラマーやデザイナーとプラットフォームを作成中で、4月中旬の公開を目指しています。さらに来年度以降は自身の「工房論」を発展させるために研究費の獲得を検討中。トークイベントや展示などを開催したいと考えています。

撮影の様子

人とモノの動きを同時に記録する撮影システムの可能性

一通りのプレゼンテーションを聞き「課題点も明確で、それに対してどのような対処をしていくか道筋も見えているよう」とアドバイザーの西川美穂子さんは「工房論」を研究する新たな方向性を称賛しました。また石橋素さんも「撮影システムは課題があるけれど可能性が大きい」と撮影システムの汎用性も示唆します。特に、モーションキャプチャーは映像的な演出で使用されることが多いため、人とモノの動きを同時にデジタイズする仕組みはこれまであまりなく、撮影システムの開発には期待が込められました。

西川さん

工房の撮影はスタートしたばかりですが、戸石さんの目指す「工房論」にとっては「空間を丸ごと記録することが本当に有効かどうかは今後検討してもよいかもしれない」と西川さん。現時点では研究にとって何が有益な情報かは絞れていないため、工房での制作過程や空間は網羅的に撮影していますが、戸石さん自身は特に「人とモノの関係性」や「道具が使いやすいように置いてある環境」などに興味があるといいます。

石橋さん

表現力豊かな模型の必要性

2月の成果発表イベントでは、これまでアーカイブ作成のために集めた参考書籍やガラス作品といった資料の博物展示を計画しています。また、「工房論」研究の「序説」の原稿も会場で配布予定です。

西川さんが最後に、本プロジェクトのタイトルである「表現力豊かな《工房》の模型」に戻り、「表現力豊かな」という言葉がかかっているのは「模型」か「工房」かと疑問を投げかけました。戸石さんによると、「模型」にかかっているとのこと。つくる人の思考を解き明かす『クラフツマン 作ることは考えることである』(*1)という書籍を参考にしていて、本書ではものづくりの過程についてどのような記述が可能かを検討しています。例えば料理のレシピでも、ソースのかけ方について「ローストチキンに宝石をつけてあげるように」といったように詩的な状況描写で「表現力豊かな」指示を書くことが重要だと結論づけています。戸石さんはそれを模型に置き換え「工房論には『表現力豊かな模型』をつくる必要があると考えている」と話しました。

面談の様子

TO BE CONTINUED…
工房の撮影やオンライン展示、トークイベントなどを行いながら、「工房論」の研究を進めていく

*1 リチャード・セネット『クラフツマン 作ることは考えることである』高橋勇夫訳、筑摩書房、2016。