令和5(2023)年度の成果発表イベント「ENCOUNTERS」会期中、会場にて過去同事業に採択されたクリエイターによる座談会を開催しました。参加者は『デジタルシャーマン・プロジェクト』の市原えつこさん『音楽』の岩井澤健治さん『Bug’s Beat』の佐々木有美さん+滝戸ドリタさんの3組4名。いずれも平成27(2015)年度の採択者です。

本事業に応募したきっかけや、アドバイザーとの面談で印象に残っていること、また本事業を通して得られたクリエイター同士のつながりや刺激など、思い思いに語っていただきました。

座談会実施日:2024年2月21日

応募のきっかけ

―メディア芸術クリエイター育成支援事業に応募したきっかけは?

岩井澤健治(以下、岩井澤):毎年この事業の案内をメールでいただいていたので(*1)、気になってはいました。当時、はじめての長編アニメーション『音楽』をつくり始めて3年目。根気のいる作業にスタッフも定着せず、いよいよ何かの力を借りないと制作が続けられない、と困っていました。そのタイミングでまたメールが届いて、詳しく調べてみたのです。

岩井澤健治さん

市原えつこ(以下、市原):私は何かのイベントでゴッドスコーピオン(*2)さんから話をお聞きして、前年度の成果発表イベントを見に行ったのがきっかけでした。当時は新卒5年目くらいのサラリーマンで、趣味の延長の感覚で作品をつくっていました。つくり手というよりもメディアアートファンに近い存在で、同期の中で一番素人だったと思います。ただ応募する数年前から、宗教とテクノロジーの融合というテーマは漠然とあったので、ちょっと腰を据えてやってみようと。独学だったので美術教育を受けてみたい気持ちもあり、トレーニングとしての側面も期待して応募しました。
この支援事業をきっかけに、ちゃんと作家活動に専念しようと思い、採択の翌年に会社を辞めました。巫女の衣装などを着て自己プロデュースをし出したのもその頃です。この支援が、活動を本気でやるきっかけになりました。

市原えつこさん

滝戸ドリタ(以下、ドリタ):市原さんは、メディアアート関係のイベントには必ずいる人というイメージでしたね。私のイベントにも来てくれて、ライブで演奏の一環として飛ばしていたドローンが市原さんにぶつかってしまって(笑)。それがきっかけで知り合ったのです。あの頃、大根の作品(セクハラ・インターフェース / SEKUHARA INTERFACE)はもうつくられていましたよね。

市原:つくっていましたが、立ち位置としてはメイカーフェアの面白ネタ枠のような感じでしたね。実は私、メディア芸術クリエイター育成支援事業の選考期間中に作品が大炎上したのです。こんな危ういクリエイターは選ばれないだろうと諦めていたのですが、採択されて驚きました。文化庁の方に「いいんですか」と聞いたら、「悪いことをした炎上と、作品が議論を呼んだ炎上は違う。そこは分けて考えています」と言ってくださって。

佐々木有美(以下、佐々木):メディア芸術クリエイター育成支援事業のことは、ドリタさんは文化庁メディア芸術祭での受賞(*3)が決まった途端に言っていましたね。

ドリタ:当時は文化庁メディア芸術祭が国立新美術館で開催されていて、成果発表イベントもその一角でしていましたよね。初回に採択された真鍋大度さんらが応募を勧めてくれて。2014年の秋頃にメディア芸術祭での受賞が決まって、応募しなければ!と。すぐに応募しました。

佐々木有美さん
滝戸ドリタさん

支援金額の使い道

―皆さんの採択年度の支援金額、上限(*4)は150万円でしたが、何にどれくらい使われましたか。ちなみに、2023年度の創作支援プログラムの支援額の上限は500万円です。

岩井澤:個人でも500万円ですか!? すごいですね。短編アニメーションなら余裕でつくれてしまう金額です。
僕は150万円目一杯いただいたと思います。それまで依頼できなかった方々に、人件費をお支払いして制作をお願いできました。予算と言えるものがもらえたのはこの事業が初めてでしたね。
この支援期間中に、クライマックスのライブシーンの撮影もしました。深谷のとある場所にステージを組んで、フリーのライブイベントの体裁でちゃんとお客さんを呼んで開催したのです。

佐々木:今や伝説的なイベントですね。当時、同期の私たちにも教えていただきましたよね。チラシをいただきました。

岩井澤:宣伝にも協力してもらった記憶があります。

2015年9月12日(土)、『音楽』のクライマックスシーン撮影のために埼玉県深谷市で行われた「大橋裕之ロックフェスin深谷」の様子

ドリタ:私たちも最初から「足りない分は自分達で出すから、150万円ください」と言っていました。実際にいただけましたが、自腹でも相当出しましたね。予算でこの作品の実現にどうしても必要だった、超指向性スピーカーも購入(*5)しました。

市原:私はこういった支援に応募すること自体が初めてで、金額は控えめに抑えて……申請は100万円以下だったと思います。足りるか不安で少しずつ使って、終盤で一気に使い切りました。やはり外注費や人件費に一番お金がかかりましたね。

アドバイザーや専門家による支援

―クリエイター1組につき2名のアドバイザーがついて、3度の面談でさまざまな相談ができることが本事業の特徴です。アドバイザーとのやりとりで印象に残っていることはありますか。

市原:私のアドバイザーは編集者、クリエイターの伊藤ガビンさんとNTT インターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員の畠中実さんでした。面談の最初にガビンさんに言われたのが、「笑いに走るのをやめた方がいい」です。その後のキャリアにとってもすごく重要なアドバイスでした。先ほどもお話しした通り、それまでは面白ネタ枠の気持ちで制作をしていたので、笑わせなきゃいけないと強迫観念のように思っていました。加えて、当時仕事ではウェブサービスをつくっていたので、万人が使えるものを目指さなければという無意識の思い込みもあったのですが、そうではなく「アートとして、問いかけの質や強度を高める方向に行った方がいい」と畠中さんには言っていただいて。どちらも私にとっては、目からウロコでした。
センシティブなテーマを扱うプロジェクトでもあったので、その点もしっかりアドバイスをいただきました。嘘っぽくなるのもダメだけど、人の領域にズカズカ入り込んでもいけないと、一緒に知恵を絞っていただいて、お二人との共同作業感がありました。
アドバイザーのバランスもよかったと思います。私はアートのことは何もわからなかったのですが、そこは畠中さんがフィードバックをくださいました。一方でガビンさんはエンターテインメント寄り、ユーザー視点からのアドバイスで、2面からプロデュースしていただきました。その後の私の軸はここでつくられたと思っています。

市原えつこさんによる『デジタルシャーマン・プロジェクト』は、科学技術の発展を遂げた現代における祈りや葬りのかたちを提案するプロジェクト。故人の死後49日だけ、故人がロボットに憑依したかのように擬似的なやりとりが可能になる

岩井澤:僕のアドバイザーはガビンさんとアートディレクター、映像ディレクターの田中秀幸さんでした。僕の場合、制作はすでに始まっていたので、面談ではとにかく今つくっているものをお見せして、最初の観客として感想をもらっていました。つくっているときって暗中模索で、それがいいのか悪いのかわからない状態。面談は「これでいいんだ」と確信をもらえる場でした。

佐々木:制作途中は精神的に不安定になるので、とてもありがたいですよね。

岩井澤:面談のおかげでメンタルを保てました。この支援を経て、5分程のパイロット版もできたので、その後作品の売り込みもできるようになりました。

岩井澤健治さんによるアニメーション映画『音楽』(2019)。本事業の支援期間を含め7年以上の制作期間を経て完成した、ロトスコープ手法を用いた全編手描きアニメーション作品

ドリタ:私たちのアドバイザーは畠中さんとゲームクリエイターの遠藤雅伸さんでした。面談では毎回、技術的な障害などの問題点を明確にしていただいて、次の面談までに私たちがいろいろな方に協力してもらいそれを解決するという繰り返しの修行の日々でした。アートのコンテクストの視点からも、技術面でも、整理していただきました。

面談レポートより(https://creators.j-mediaarts.jp/reports/4461
作品の完成状態に近い音響環境を体験できるように、レンタルスタジオで実施された最終面談の様子

佐々木:遠藤さんには「マダガスカルゴキブリは大きいから足音が取りやすいのでは」「足の速さにバラつきのある虫の方がビートが出やすいのでは」など、虫のアドバイスをさまざまいただきました。飼育のしやすさも重要だったので、夏にたくさん採取して、40種類くらい飼いました。全部表にして、飼いやすさや足音などを評価して。母校の農大の先生にも相談して虫をいただいたりもしましたね。

市原:プロジェクトが立ち上がる時期に誰が見るか、誰がコメントするかはとても大事ですよね。アドバイザーが別の方だったら全然違う作品になっていたと思います。その後もほかの支援や助成を受ける機会はありましたが、これが一番、作品の内容に影響を及ぼす支援プログラムでした。

佐々木:支援期間のなかで3回ある面談が、締め切りのようにあるのがよかったですね。「ここまでにこれは絶対やらなきゃ」と思えました。
面談後、最寄駅のカフェで終電まで二人でずっと話して、協力を打診したい方々にその場でメールして。メールするときに、「文化庁から支援を受けて制作している」と書くと、お話がしやすかったです。

ドリタ:そんなふうにアドバイザー以外にも、専門家にアプローチして助言をいただきました。『Bug’s Beat』は虫の足音を大きな音で聴かせるプロジェクトで、極小の音をアンプリファイする必要があり、それが技術的に難しい。自分たちでは諦めかけていたものが、事業を通して専門家に相談できたことで形になったのです。
ただ最後の成果発表イベントで、私たち、作品ができていなかったんです。人が前に立つと人に音が反射してハウリングしてしまって。ずっと家で実験していたので気づけなかったんです。講評のときに人が引いたらうまくいって、遠藤さん、「今、初めて聞こえたね」と……(笑)。大変でしたね。

佐々木有美さん+ドリタさんによる『Bug’s Beat』は、小さな虫の足音を増幅させ、大きな音と振動とともに聴かせる作品

クリエイター同士のつながり、刺激

―この支援事業を通して、クリエイター同士の交流が生まれたり、刺激を受けたりはしましたか。

ドリタ:当時、「海外メディア芸術クリエイター招へい事業」(*6)も一緒に成果発表イベントで展示をしていて、招へいアーティストのヨハン・ライマさんが私たちの作品をすごく気に入ってくれたのです。仲良くなって、彼がディレクターを務めるオランダのフェスティバルに誘われて出展しました。その後も彼が新千歳空港国際アニメーション映画祭に出展したときにも連絡を取り合うなど、交流が続いています。

市原:同期に恵まれたと思います。当時すでに活動歴を持っている方ばかりで、それがいい意味でプレッシャーでした。素人のような自分が手を抜いてはいけないと、そのときできることを徹底的にやりきれました。
今でも、そのプレッシャーは無駄ではなかったと思います。私たちの代は「過去の採択企画 受賞・収蔵歴」を見ても、岩井澤さんをはじめ、ボリュームがすごいですから。

岩井澤:アニメーションは賞がたくさんありますからね……。市原さんの活躍も拝見していますよ。
僕は人からの刺激というよりも、文化庁メディア芸術祭で賞を獲る目標を意識していました。それがこの支援に対しての一番きれいな恩返しだと思っていたので。

―第24回で見事な大賞受賞。しかも、まさかのエンターテインメント部門でという変化球でしたね。

岩井澤:僕は意外に思われるかもしれませんが結構研究するタイプで、制作中もどんな宣伝をすれば作品が広がっていくか調べたり、映画の興行収入などもネットで毎日チェックしています。メディア芸術祭ではどうしても賞を獲りたかったので、どの部門が一番可能性あるかをいろいろ考えました。
その年のアニメーション部門で大賞を狙うなら、『映像研には手を出すな!』(*7)と競うことになるなと思ったので、もちろん他にも優れた作品はたくさんありますが、この作品には勝てないと思ったのでアニメーション部門は避けました(笑)。
アニメーション作品はマンガ部門以外なら出せるので、残り2部門のどちらにするか考えて、自分はアートではなくエンターテインメントをつくっている意識があったのと、さまざまなジャンルの作品が集まり正直予測がつかないので、そっちで賞を逃すなら仕方がないかと諦めもつくので賭けでしたが、まさかの大賞をいただけて、本当に嬉しかったです。

市原:ドリタさんと佐々木さんが2017年にPrix Ars Electronica(アルスエレクトロニカ)で受賞して、翌年私も受賞したのですが、そういうことが少なくありません。コンペシナジー効果とでもいうか、同期など身近な方たちが賞を獲ると、その賞が自分のリーチにも入ってくる感覚を抱くようになりました。横のつながりは大事だと思います。

ドリタ:私たちの年度は交流が多かったですね。もともとお知り合いだった方もいましたが、ひらのりょうさんなどはそこで初めて喋って仲良くなれました。
歴代の採択クリエイターの大同窓会のような会があるといいですね。

座談会後、成果プレゼンテーション展を鑑賞する様子

*1 本支援事業は2022年度以前はその応募資格として、文化庁メディア芸術祭での受賞歴(審査委員推薦作品を含む)が必要とされた。そのため資格があるクリエイターには募集の案内メールが届いていた。
*2 平成26(2014)年度採択者。ゴッドスコーピオン、hnnhn、宮城恵祐、Rei Nakanishiの連名による。
*3 ドリタ/エアガレージラボ(川内尚文/佐々木有美)によるサウンドデバイス『Slime Synthesizer』が第18回(2014年度)文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門で新人賞を受賞。
*4 支援金額には上限が設定されており、その満額が支給されるわけではない。応募の時点で予算書を作成し提出。採択後、上限内でそのプロジェクトに見合った金額が改めて協議・決定される。
*5 支援金額で購入可能な機材には条件があり、「その機材を用いないと作品が完成しない」というものであれば、理由書・作品の設計図等の提出とともに購入が許可される場合がある。PCや映像の再生機、プロジェクターなど、他の作品にも転用可能な機材は購入できない。
*6 海外の優秀な若手クリエイターを招へいし、国際交流を推進するとともに、交流機会を通じた国内クリエイターの育成を図るプロジェクト。平成22(2010)年度から平成27(2015)年度まで実施された。平成28(2016)年度から令和元(2020)年度まで、メディア芸術クリエイター育成支援事業の一環として「海外クリエイター招へいプログラム」を実施した。
*7 第24回(2021年度)文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞作品

市原えつこ

アーティスト。1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。第20回文化庁メディア芸術祭優秀賞、アルスエレクトロニカ賞Interactive Art+部門でHonorary Mentionを受賞。
https://etsuko-ichihara.com/

岩井澤健治

1981年、東京都生まれ。高校卒業後、石井輝男監督に師事、実写映画の現場から映像制作を始め、その傍らアニメーション制作を始める。2008年に初のアニメーション作品『福来町、トンネル路地の男』が完成。以後、アニメーションを中心とした短編映画を制作し、2012年より自主制作の長編アニメーション映画『音楽』を制作。

佐々木有美

日々、こどもと楽しく遊んで学ぶことを考えている。音、スライム、工作、電気、昆虫、カタツムリ、結晶、鉱物などなど好きなものたくさん。好奇心だけで生きている。
https://yumisasaki.wordpress.com

滝戸ドリタ

それぞれの異なる機能や感覚を組み合わせ、テクノロジーを並走させることで思考の入口を作り、従来の感覚がずれるような体験を創出、またはヒトと生物の新しい関係を築くことを目指す。近年は人工筋肉を植物に装着しロボティクスと生物と植物の進化を問う作品を制作、またウナギのレプトセファルスのロボットとヒトが泳ぐ絶滅危惧について考える映像を国際クルーズターミナルで上映中。国内外で活躍している。現在、東京大学大学院にて表現と研究の間を模索している。
https://dorita.jp/